多幸山フェーレー(共通語)

概要

昔は、各市町村から今帰仁廻りてっあるわけよ、これは旧の八月である。八月十四から五日ぐらいに今帰仁拝みといって、今帰仁は一番あそこから広がっているっての言い分である。そうして、毎年今帰仁廻りといって、年に一回ずつ行くわけよ。そうしているが経費がかかるっていって、七年廻りになっているわけね。そうしてあそこに拝みにいってよ、帰って来るときだよ、多幸山、今では少しは見えやすいが、昔は全部山なっていたよ。そうしてから、そこに一軒家があるわけ。この家に泊まるとね、入って来るのはわかるけど出るのは分からないわけよ。そうしてから、今帰仁拝みながらってもうこの家に泊まったからね、時間なったらこの泊まっている人を宿の人が殺していたらしいよ。これがこの土地の方でよ、本当であるさと言ってからに。それで、この後から多幸山フェーレー出ているって。この人はそこに泊まってからに、そこに泊まらないなら行かれないと言っているわけね。それで、もうフェーレー出るよとの話はあるさね。これあったってよ、お城に聞かれてからに、これは遠い時代ね、明治の時代、明治の先であるわけね、そうしてから、首里城からそこに使いを行かしてからに、あれに泊まったから、あれは道中にあるからね、多幸山、今帰仁拝みに行く、そこに泊まらないならね、家に行けないわけね、もう夜明け通し歩かれないさ。

再生時間:3:31

民話詳細DATA

レコード番号 47O360887
CD番号 47O36C032
決定題名 多幸山フェーレー(共通語)
話者がつけた題名
話者名 小波津武
話者名かな こはつたけし
生年月日 19050126
性別
出身地 沖縄県西原町字小波津
記録日 19820219
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字小波津調査7班T31A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情 お年寄りから聞いた
文字化資料
キーワード 多幸山フェーレー,多幸山,今帰仁廻り,盗賊,
梗概(こうがい) 昔は、各市町村から今帰仁廻りてっあるわけよ、これは旧の八月である。八月十四から五日ぐらいに今帰仁拝みといって、今帰仁は一番あそこから広がっているっての言い分である。そうして、毎年今帰仁廻りといって、年に一回ずつ行くわけよ。そうしているが経費がかかるっていって、七年廻りになっているわけね。そうしてあそこに拝みにいってよ、帰って来るときだよ、多幸山、今では少しは見えやすいが、昔は全部山なっていたよ。そうしてから、そこに一軒家があるわけ。この家に泊まるとね、入って来るのはわかるけど出るのは分からないわけよ。そうしてから、今帰仁拝みながらってもうこの家に泊まったからね、時間なったらこの泊まっている人を宿の人が殺していたらしいよ。これがこの土地の方でよ、本当であるさと言ってからに。それで、この後から多幸山フェーレー出ているって。この人はそこに泊まってからに、そこに泊まらないなら行かれないと言っているわけね。それで、もうフェーレー出るよとの話はあるさね。これあったってよ、お城に聞かれてからに、これは遠い時代ね、明治の時代、明治の先であるわけね、そうしてから、首里城からそこに使いを行かしてからに、あれに泊まったから、あれは道中にあるからね、多幸山、今帰仁拝みに行く、そこに泊まらないならね、家に行けないわけね、もう夜明け通し歩かれないさ。
全体の記録時間数 3:36
物語の時間数 3:31
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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