謝名親方 左御紋由来(共通語)

概要

これは本当は何年何月といって、それを覚えないと話はできないよ。これは慶長であったか、それより先であったか、謝名親方の話はこうであるよ。薩摩から兵隊を送って米何万石納めなさいと言って来ているが沖縄は聞かないもんだから、薩摩から戦が来たわけですよ。あそこは那覇港から上がる計画であったそうです。しかし、向こうは危険だなぁと言って、今帰仁の方に廻ってそこから攻めたそうですよ。あそこでたくさんの人が死んで、そして今もあそこには沢山の遺骨が墓に入れられているって。そして、薩摩が順々に攻めて来て首里に行って、一週間かかってやっと解決つけたんだと。そのときに謝名親方は捕虜になったんでしょう。また、浦添前山戸といったかな、あの人は真先に薩摩軍を殺したというよ。昔はカンプーであったでしょう。あまり激しく戦ったもんだから、カンプーが外れて前に落ちたんだろう。そのときに前が見えないから、捕虜になった話がありますよ。沖縄の謝名親方と同じような人がいるんだよ。そうして、もう負けたから、謝名親方も謀叛の人であるからといって王様と一緒に連れて行って、そこで何もかも決めて、王様は帰って来たそうですが、謝名親方は捕らえられていたって。そして、薩摩の兵隊を二人抱えて、この油鍋に飛び込んだというよ。そうして、それが左回りと言ってそのときに左御紋といってやったそうです。

再生時間:6:00

民話詳細DATA

レコード番号 47O360829
CD番号 47O36C030
決定題名 謝名親方 左御紋由来(共通語)
話者がつけた題名
話者名 小波津武
話者名かな こはつたけし
生年月日 19050126
性別
出身地 沖縄県西原町字小波津
記録日 19820218
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字小波津調査6班T29A05
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 謝名親方,薩摩,今帰仁,戦争,左御紋,左御紋由来
梗概(こうがい) これは本当は何年何月といって、それを覚えないと話はできないよ。これは慶長であったか、それより先であったか、謝名親方の話はこうであるよ。薩摩から兵隊を送って米何万石納めなさいと言って来ているが沖縄は聞かないもんだから、薩摩から戦が来たわけですよ。あそこは那覇港から上がる計画であったそうです。しかし、向こうは危険だなぁと言って、今帰仁の方に廻ってそこから攻めたそうですよ。あそこでたくさんの人が死んで、そして今もあそこには沢山の遺骨が墓に入れられているって。そして、薩摩が順々に攻めて来て首里に行って、一週間かかってやっと解決つけたんだと。そのときに謝名親方は捕虜になったんでしょう。また、浦添前山戸といったかな、あの人は真先に薩摩軍を殺したというよ。昔はカンプーであったでしょう。あまり激しく戦ったもんだから、カンプーが外れて前に落ちたんだろう。そのときに前が見えないから、捕虜になった話がありますよ。沖縄の謝名親方と同じような人がいるんだよ。そうして、もう負けたから、謝名親方も謀叛の人であるからといって王様と一緒に連れて行って、そこで何もかも決めて、王様は帰って来たそうですが、謝名親方は捕らえられていたって。そして、薩摩の兵隊を二人抱えて、この油鍋に飛び込んだというよ。そうして、それが左回りと言ってそのときに左御紋といってやったそうです。
全体の記録時間数 6:58
物語の時間数 6:00
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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