尚円王(シマグチ)

概要

尚円王は伊平屋から来て奥間部落の鍛冶屋に隠れていたそうだ。そこで生活していたが、若い女から愛されそこの青年に憎まれて、そこには住めないと西原の嘉手苅に逃げてきた。嘉手苅に来てある岩かげに隠れている所を、イジリの元祖おばーがこの人を見つけて偉い人だと思い、「家にいらっしゃい。」と招いたが、ここでいいと遠慮した。このことを夫に話すと「じゃあ案内して来なさい。」と自分の家に住まわせた。この人はあちこちから追われていたので内間高干瀬に身投げした。すると、岩が持ち上がって死ぬこともできなくなった。後に首里王府に通い務めるようになった。それで、当時の尚徳王は若くて気の荒い王様であった。大島征伐の時、気が合わなくなり、やめて帰り、尚徳王は久高島に旅行しに行く。その行っている時に革命が起こり、王の排斥が出たので、首里に帰ることもできず殺された。その後、選挙がおこなわれ、首里の役人が安里のヒャーを呼んで答えさせると、「ものを食べさせる人が王である。内間御鎖側はどうですか。」ということになり、王に決まる。首里から迎えにきた所がウガンジャモー(拝む森)という。

再生時間:4:37

民話詳細DATA

レコード番号 47O360817
CD番号 47O36C029
決定題名 尚円王(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 西原裕昌
話者名かな にしはらゆうしょう
生年月日 19080928
性別
出身地 沖縄県西原町字翁長
記録日 19820219
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字翁長調査2班9班T28A12
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 尚円王,尚徳王,革命,排斥,安里のヒャー,奥間,嘉手苅
梗概(こうがい) 尚円王は伊平屋から来て奥間部落の鍛冶屋に隠れていたそうだ。そこで生活していたが、若い女から愛されそこの青年に憎まれて、そこには住めないと西原の嘉手苅に逃げてきた。嘉手苅に来てある岩かげに隠れている所を、イジリの元祖おばーがこの人を見つけて偉い人だと思い、「家にいらっしゃい。」と招いたが、ここでいいと遠慮した。このことを夫に話すと「じゃあ案内して来なさい。」と自分の家に住まわせた。この人はあちこちから追われていたので内間高干瀬に身投げした。すると、岩が持ち上がって死ぬこともできなくなった。後に首里王府に通い務めるようになった。それで、当時の尚徳王は若くて気の荒い王様であった。大島征伐の時、気が合わなくなり、やめて帰り、尚徳王は久高島に旅行しに行く。その行っている時に革命が起こり、王の排斥が出たので、首里に帰ることもできず殺された。その後、選挙がおこなわれ、首里の役人が安里のヒャーを呼んで答えさせると、「ものを食べさせる人が王である。内間御鎖側はどうですか。」ということになり、王に決まる。首里から迎えにきた所がウガンジャモー(拝む森)という。
全体の記録時間数 4:50
物語の時間数 4:37
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP