チョーフグン親方(シマグチ)

概要

それが何十年も何百年も生きて脱皮するから皮もはげて逃げたりして脱皮でこの肉だけでさっと逃げてしまうからそれで生まれ変わって100年余りも2、300年余りも年をとったらね、化けて人間をだます子がでてきて、このアカマターは美女に化けて男を騙し、妊娠したらしい。その男は約束があった。「あんたは何月何日に私の所に来なさいね。」っていって約束して別れたらしい。(そして約束の時が来たので)男は五時と約束したのに時間より早い3時頃行ってしまった。(その時)蛇が子供をしっかりと抱いて、産んだ子の体を全部なめていた。(しかし)のどの部分だけをなめ残した。それでそこだけが肉のままになってた。そして「もう少し後に来てくれればよかったのに見られてしまったのは残念だ。」と言って悔しがりながら「のどの他の部分は鉄でできたこの子を立派に産みました。と言って、男に渡した。(そして)「この子を連れていって下さい。」そして国の為になるから立派に育てて下さい。」と言って(男に)わたして逃げて行き別れをした。(その子は)そして成長して武士になり、国の力になった。これは金武ので起こった。(男は)子供を立派に育て、女の言ったように首里に御奉公し、戦の大将になり(向かう所)敵なしであった。この人の体は鉄で出来ていたので弓もささらず斬っても斬れなかった。薩摩の国から琉球の国をとろうと、しょっちゅう悪だくみをたくらんでいた。内地の人が「(チョーフグンを)殺さないと、琉球をとることができない。」と言って薩摩の国から(子供の)とこやをしかして、のどの肉の部分をそる時、強くおしこみなさいと教えた。それでとこやは「あなたの顔をせいけつにしてあげましょう。」と言い、(チョーフグン親方も子供だから油断して顔をそらせた)(とこやは)教えられたとおり、ひげのはえているのどに強く(かみそりを)おしこんだ。(死ぬ時)そのとこやをつかまえて二つにひきさいて北の海になげこんだ。そのとこやは殺されたので)帰らなかったので「チョーフグン親方がしんだ今こそ攻めに行こう。」と言って沖縄を攻めた。(沖縄は)道具もなくどうしようもなかったので首里城の大臣達が考えて、チョーフグン親方が死んだ今こそ攻めに行こう。」と言って沖縄を攻めた。(沖縄は)道具もなく、どうしようもなかったので首里城の大臣達が考えてチョーフグン親方は、体が鉄でできているから腐らないので(死体を)首里の中山門の前に坐らせておいた。敵はどんどん坂から入っていって攻撃をしてきた。(その時)チョーフグン親方がいて、ゆっくりと(のんびりと)してお菓子(はちゃぐみ)を召し上がっているように見えて、「チョーフグン親方が死んだのというのはうそで生きていて大変なことになった。私達には勝ち目がない。」と言って自殺した。薩摩の武士達は、自殺したから戦は終わった。坂だから、その人間の血が水のように流れ(その血で)田芋が血に染まって赤くなった。チョーフグン親方は生きていても千人、死んでも千人殺したとこのような話がのこっていてこの代に(赤い田芋は)できたという。

再生時間:11:14

民話詳細DATA

レコード番号 47O360665
CD番号 47O36C024
決定題名 チョーフグン親方(シマグチ)
話者がつけた題名 アカマターの話
話者名 城間盛次
話者名かな しろませいじ
生年月日 18921205
性別
出身地 沖縄県西原町字
記録日 19820219
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字棚原調査08班T22A02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情 年寄りから聞いた
文字化資料
キーワード チョーフグン親方,チョーフグン,薩摩,戦争,田芋,赤い田芋,首里,アカマタ
梗概(こうがい) それが何十年も何百年も生きて脱皮するから皮もはげて逃げたりして脱皮でこの肉だけでさっと逃げてしまうからそれで生まれ変わって100年余りも2、300年余りも年をとったらね、化けて人間をだます子がでてきて、このアカマターは美女に化けて男を騙し、妊娠したらしい。その男は約束があった。「あんたは何月何日に私の所に来なさいね。」っていって約束して別れたらしい。(そして約束の時が来たので)男は五時と約束したのに時間より早い3時頃行ってしまった。(その時)蛇が子供をしっかりと抱いて、産んだ子の体を全部なめていた。(しかし)のどの部分だけをなめ残した。それでそこだけが肉のままになってた。そして「もう少し後に来てくれればよかったのに見られてしまったのは残念だ。」と言って悔しがりながら「のどの他の部分は鉄でできたこの子を立派に産みました。と言って、男に渡した。(そして)「この子を連れていって下さい。」そして国の為になるから立派に育てて下さい。」と言って(男に)わたして逃げて行き別れをした。(その子は)そして成長して武士になり、国の力になった。これは金武ので起こった。(男は)子供を立派に育て、女の言ったように首里に御奉公し、戦の大将になり(向かう所)敵なしであった。この人の体は鉄で出来ていたので弓もささらず斬っても斬れなかった。薩摩の国から琉球の国をとろうと、しょっちゅう悪だくみをたくらんでいた。内地の人が「(チョーフグンを)殺さないと、琉球をとることができない。」と言って薩摩の国から(子供の)とこやをしかして、のどの肉の部分をそる時、強くおしこみなさいと教えた。それでとこやは「あなたの顔をせいけつにしてあげましょう。」と言い、(チョーフグン親方も子供だから油断して顔をそらせた)(とこやは)教えられたとおり、ひげのはえているのどに強く(かみそりを)おしこんだ。(死ぬ時)そのとこやをつかまえて二つにひきさいて北の海になげこんだ。そのとこやは殺されたので)帰らなかったので「チョーフグン親方がしんだ今こそ攻めに行こう。」と言って沖縄を攻めた。(沖縄は)道具もなくどうしようもなかったので首里城の大臣達が考えて、チョーフグン親方が死んだ今こそ攻めに行こう。」と言って沖縄を攻めた。(沖縄は)道具もなく、どうしようもなかったので首里城の大臣達が考えてチョーフグン親方は、体が鉄でできているから腐らないので(死体を)首里の中山門の前に坐らせておいた。敵はどんどん坂から入っていって攻撃をしてきた。(その時)チョーフグン親方がいて、ゆっくりと(のんびりと)してお菓子(はちゃぐみ)を召し上がっているように見えて、「チョーフグン親方が死んだのというのはうそで生きていて大変なことになった。私達には勝ち目がない。」と言って自殺した。薩摩の武士達は、自殺したから戦は終わった。坂だから、その人間の血が水のように流れ(その血で)田芋が血に染まって赤くなった。チョーフグン親方は生きていても千人、死んでも千人殺したとこのような話がのこっていてこの代に(赤い田芋は)できたという。
全体の記録時間数 11:36
物語の時間数 11:14
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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