三津武嶽(シマグチ)

概要

三津武嶽は運玉森の下にある。御主加那志前の長女(ウミナイ)久高祝女と今帰仁祝女を伴って三人で桃原に拝みにいらっしゃったが烏帽子井(エボシジャー)を(拝み)終えて与那原から久高島に行く途中、台風にあい流されて薩摩に打ち上げられたのでこの三人は捕われてしまった。御主加那志前の娘は美しいので殿様が(妻にしようと)連れていくというが、偉大な人の子だから妻になることはできないと言うが、殺すというので仕方なくいっしょになり男の子を生んだ。(那覇から)八重山のある偉い人が「帰してくれ」と薩摩に願いに行くと塩漬けにした魚を出すと「沖縄は(お前が)言うように神国ならばこの塩漬けの魚を(生かせるだろう)生かせることができたなら帰そう。」と言うので四人(八重山の人、ウミナイ、久高祝女、今帰仁祝女)で拝むとパタパタと(跳ねて)生き返った。それで薩摩から帰された。久高祝女と今帰仁祝女は薩摩の王とウミナイの子供を(生かしていて)沖縄のことを知られると大変なことになるからとウミナイにみつからないように(海に)捨てた。与那原で波、風がおこり人魚が寄ってくるよと言われている(人魚というのは)その子である。(沖縄に帰ってきてから)ウミナイは「私はこのように(薩摩の王と)過っているから首里には帰れない。与那原の御殿山に置いてくれ。」と言ったので与那原の御殿山に城を築いて住まわせた。ウミナイは寝ても覚めても「私の子供は向こう(薩摩)に残してきたのに・・・。」と恋焦がれて毎晩子供の顔を見ると言ってそこの御殿山から出て浜の森に言っていたがウミナイはここで死んでしまった。ウミナイは「私が死ぬときは薩摩の国に向けて私の墓を掘ってくれよ。」と言っていたので(薩摩に向けて)三津武嶽に葬った。

再生時間:4:38

民話詳細DATA

レコード番号 47O360291
CD番号 47O36C012
決定題名 三津武嶽(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 安谷屋ウシ
話者名かな あだにやうし
生年月日 18970809
性別
出身地 沖縄県西原町字桃原
記録日 19810614
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字桃原調査班T10B03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 本格昔話
発句(ほっく)
伝承事情 祖母から聞いた
文字化資料 西原町史 別巻西原の民話P322
キーワード 三津武嶽,運玉森,ウミナイ,久高祝女,今帰仁祝女,薩摩
梗概(こうがい) 三津武嶽は運玉森の下にある。御主加那志前の長女(ウミナイ)久高祝女と今帰仁祝女を伴って三人で桃原に拝みにいらっしゃったが烏帽子井(エボシジャー)を(拝み)終えて与那原から久高島に行く途中、台風にあい流されて薩摩に打ち上げられたのでこの三人は捕われてしまった。御主加那志前の娘は美しいので殿様が(妻にしようと)連れていくというが、偉大な人の子だから妻になることはできないと言うが、殺すというので仕方なくいっしょになり男の子を生んだ。(那覇から)八重山のある偉い人が「帰してくれ」と薩摩に願いに行くと塩漬けにした魚を出すと「沖縄は(お前が)言うように神国ならばこの塩漬けの魚を(生かせるだろう)生かせることができたなら帰そう。」と言うので四人(八重山の人、ウミナイ、久高祝女、今帰仁祝女)で拝むとパタパタと(跳ねて)生き返った。それで薩摩から帰された。久高祝女と今帰仁祝女は薩摩の王とウミナイの子供を(生かしていて)沖縄のことを知られると大変なことになるからとウミナイにみつからないように(海に)捨てた。与那原で波、風がおこり人魚が寄ってくるよと言われている(人魚というのは)その子である。(沖縄に帰ってきてから)ウミナイは「私はこのように(薩摩の王と)過っているから首里には帰れない。与那原の御殿山に置いてくれ。」と言ったので与那原の御殿山に城を築いて住まわせた。ウミナイは寝ても覚めても「私の子供は向こう(薩摩)に残してきたのに・・・。」と恋焦がれて毎晩子供の顔を見ると言ってそこの御殿山から出て浜の森に言っていたがウミナイはここで死んでしまった。ウミナイは「私が死ぬときは薩摩の国に向けて私の墓を掘ってくれよ。」と言っていたので(薩摩に向けて)三津武嶽に葬った。
全体の記録時間数 5:00
物語の時間数 4:38
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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