沖縄の人々は、戦時中から戦後にかけて水納、北部のキャンプ場移された。嘉手納の人たちもそうだったが、昭和22年に帰って来た。国直のエイサーは昭和24年から始まり、7、8年続いた。話者も若い頃から参加していた。しかし国直のエイサーは、千原と同じように、男子だけしかおどれなかった。それは、国直は土地の家柄が多く、女が人前で手をあげて踊ることが認められなかったからだ。これは戦後になってはじめて女の人の参加が認められた。
| レコード番号 | 47O416619 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C352 |
| 決定題名 | 国直のエイサー(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 勝連朝蒲 |
| 話者名かな | かつれんちょうほ |
| 生年月日 | 19280907 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 嘉手納町国直 |
| 記録日 | 19940918 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 嘉手納T54A07 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 民俗 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 国直のエイサー |
| 梗概(こうがい) | 沖縄の人々は、戦時中から戦後にかけて水納、北部のキャンプ場移された。嘉手納の人たちもそうだったが、昭和22年に帰って来た。国直のエイサーは昭和24年から始まり、7、8年続いた。話者も若い頃から参加していた。しかし国直のエイサーは、千原と同じように、男子だけしかおどれなかった。それは、国直は土地の家柄が多く、女が人前で手をあげて踊ることが認められなかったからだ。これは戦後になってはじめて女の人の参加が認められた。 |
| 全体の記録時間数 | 2:40 |
| 物語の時間数 | 2:40 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |