国直の始まり(共通語)

概要

野里から分かれて国直に住んだのは知念家が最初だった。その後に北谷の上勢頭から喜友名家が移住し、さらに徳里、上運天、富本、宮平、宮城さらには、久米系の奥間などが移住して次第に独立した字を形成するようになった。しかし、国直には、水が乏しかったので、100年ほど前までは、各家の嫁さんが、野国まで水を汲みに行った。国直は20尋ほど掘らないと水が出ず、金持ちしか井戸が掘れなかったからである。明治のころになって野国がひとつの低いところを掘ると15尋ぐらいで水が出たので、その井戸を使うようになった。国直の人達は、首里などから来た屋取なので、畑の真ん中に小屋を建て、金持ちの家に奉公したり、作物を金に換えたりした金でどんどん家周囲の土地を自分のものにしたので、「ハルエンチュ」と言われた。戦前は国直の戸数が100戸ほどになったが、大正の後半には、いわゆるにくにの政戦のために、上国直と国直に分裂した。しかし、戦後になって、再び字が統合された。

再生時間:13:28

民話詳細DATA

レコード番号 47O416613
CD番号 47O41C351
決定題名 国直の始まり(共通語)
話者がつけた題名
話者名 勝連朝蒲
話者名かな かつれんちょうほ
生年月日 19280907
性別
出身地 嘉手納町国直
記録日 19940918
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 嘉手納T54A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 野里,国直,知念家が最初,北谷の上勢頭,喜友名家,徳里,上運天,富本,宮平,宮,久米系の奥間
梗概(こうがい) 野里から分かれて国直に住んだのは知念家が最初だった。その後に北谷の上勢頭から喜友名家が移住し、さらに徳里、上運天、富本、宮平、宮城さらには、久米系の奥間などが移住して次第に独立した字を形成するようになった。しかし、国直には、水が乏しかったので、100年ほど前までは、各家の嫁さんが、野国まで水を汲みに行った。国直は20尋ほど掘らないと水が出ず、金持ちしか井戸が掘れなかったからである。明治のころになって野国がひとつの低いところを掘ると15尋ぐらいで水が出たので、その井戸を使うようになった。国直の人達は、首里などから来た屋取なので、畑の真ん中に小屋を建て、金持ちの家に奉公したり、作物を金に換えたりした金でどんどん家周囲の土地を自分のものにしたので、「ハルエンチュ」と言われた。戦前は国直の戸数が100戸ほどになったが、大正の後半には、いわゆるにくにの政戦のために、上国直と国直に分裂した。しかし、戦後になって、再び字が統合された。
全体の記録時間数 14:00
物語の時間数 13:28
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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