比嘉筑登親雲上(共通語)

概要

比嘉筑登親雲上っていうのがねえ、苗字書いてあるさ。あれがね、うちの祖先なんだよね。比謝橋を造るために屋良に来て、今で言えば単身赴任。そしてね、屋良に来て、屋良の人をね、妾にして、その妾からね、生まれたのがね、我々の屋良の池原だったって。だから面白いんだよね。この比嘉筑登親雲上は、元の比謝橋をね、造った人。比嘉筑登親雲上という首里の役人でね、結局、石大工のね、頭領だよね、総監督さあね。だから、総監督で、その比謝橋の石をね、全部あの大川城の城壁を全部取り壊して運んだという。それで、向こうの橋架けたと。それから、何十ヵ年か何百ヵ年か過ぎて、吉屋チルーは、そこを渡ったという芝居があるね、「恨む比謝橋や 情けねん人ぬ 私渡さとぅむぅてぃ 架きぃてぃうちぇさ〔恨む比謝橋 情けない人が 私を渡そうと思って 架けておいたのか〕」と言って。この前、吉屋物語に出ておったがね、今でも、比謝橋のほとりにね、吉屋チルーの歌が書かれてある。

再生時間:2:51

民話詳細DATA

レコード番号 47O416570
CD番号 47O41C349
決定題名 比嘉筑登親雲上(共通語)
話者がつけた題名
話者名 池原吉助
話者名かな いけはらきちすけ
生年月日 19221220
性別
出身地 嘉手納町屋良
記録日 19940918
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 嘉手納T51A12
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 比嘉筑登親雲上,比謝橋,屋良の池原
梗概(こうがい) 比嘉筑登親雲上っていうのがねえ、苗字書いてあるさ。あれがね、うちの祖先なんだよね。比謝橋を造るために屋良に来て、今で言えば単身赴任。そしてね、屋良に来て、屋良の人をね、妾にして、その妾からね、生まれたのがね、我々の屋良の池原だったって。だから面白いんだよね。この比嘉筑登親雲上は、元の比謝橋をね、造った人。比嘉筑登親雲上という首里の役人でね、結局、石大工のね、頭領だよね、総監督さあね。だから、総監督で、その比謝橋の石をね、全部あの大川城の城壁を全部取り壊して運んだという。それで、向こうの橋架けたと。それから、何十ヵ年か何百ヵ年か過ぎて、吉屋チルーは、そこを渡ったという芝居があるね、「恨む比謝橋や 情けねん人ぬ 私渡さとぅむぅてぃ 架きぃてぃうちぇさ〔恨む比謝橋 情けない人が 私を渡そうと思って 架けておいたのか〕」と言って。この前、吉屋物語に出ておったがね、今でも、比謝橋のほとりにね、吉屋チルーの歌が書かれてある。
全体の記録時間数 2:57
物語の時間数 2:51
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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