漏池のですね、この話によりますとこれは、義本王時代にですね、大旱魃にあったもんですからね、そして、字民はですね、「こんなにこう大旱魃、になったんではこれは、もう字民の生活も非常に、苦しくなって来る。」と、いうようなことのからですね、「これは雨を降らすことを考えなければいけないんでないか。」というそういうような考えをですね、その字民がみんな話合いをしてですね、その対策をこうじたということでありますが、それじゃあ、その前にですね、屋良漏池に、そういったような大蛇が出たというふうなことが出ているわけですよね、「その大蛇をそれじゃあ、なくするにはどうした方がいいか。」というふうなことで、色々こうあれした結果、「これはもう生贄にしなければいけない。」というような話がこう持ち上がったということで、それで、今度は、「その生贄になるのをそれじゃあ、どういうふうにするか。」ということで、やったところ、「貧乏人のそういったような、そのお婆ちゃんの子供、子供、女の子をですね、それじゃあ、生贄にしてやれば、そういったような、願いごとが叶えるんでないか。」と言うようなことで、それをやろうとしてですね、そうして首里の王様に、義本王でしょうな、そういった報告して、「いついつの何時頃、そういうようなことでね、その生贄にして、そういう大旱魃から、逃れるようなことをやる。」と。そういうことがあったもんだから義本王は、「これではいけないから、この子供達を、可哀相じゃないか。」と、そういったような、ことでもうやがてその漏池に流れる寸前までですね、そういうような、ことが起こったということでありますがね、しかし、それが助けられてですね、その大蛇に噛まれるのを助けられたもんですからね、この娘の命はだから、守られたわけですね。そうしたもんだから今度は王様がですね、「これは非常にいいことをみんな字民で考えてくれた。この向こうまでの漁業権というのはですね、みんなあんた方の部落の人に上げるから。」というふうなことになって、そうしてそれが、今度はまた、その日に大雨が降ってですね、念願が叶ったということでありますがね。そうしてそれでですね、またその後ですね、戦後、になってもですね、そういうことがあったわけですがね、大旱魃が続いて、雨をふらそうと、漏池にみんな集まってですね、お婆さん達がその念願をやったら、二、三日後に大雨が降ってですね、その旱魃から免れたということなんです。それで、屋良字としてですね、この屋良漏池をですね、毎年、拝んでいるわけですよ。漏池御願と言うんですね、そうして最初の間はですね、豚一頭を漏池に放り込む。しかしもうそれも長続きしないでですね、それから今度は、鶏に変わる。そして、今はその御願の時に卵三個川にささげてやっているわけです。これ続いてますよだから。今は、卵三個も投げていますかね、これが漏池御願と言ってですね、これずっと続いているわけです。ただ、投げ込む生贄になるのはまた豚から、そういうふうに、もういろんな山羊とかもう動物やっていましたがね、これではもう続かんからということで、鶏は続いたそうですが、またこれでもだめだから、今度卵なるようっと言ってもう今三個ずつやっている。これはだからあまり他ではないんですかなあ。それでこれがまた、そういった念願叶って雨も降らしたということになりますから。
| レコード番号 | 47O416537 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C347 |
| 決定題名 | 屋良漏池の生贄(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 伊波剛 |
| 話者名かな | いはつよし |
| 生年月日 | 19150105 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 嘉手納町屋良 |
| 記録日 | 19940919 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 嘉手納T49A08 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 本格昔話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 漏池,義本王時代,大旱魃,大蛇,生贄,貧乏人 |
| 梗概(こうがい) | 漏池のですね、この話によりますとこれは、義本王時代にですね、大旱魃にあったもんですからね、そして、字民はですね、「こんなにこう大旱魃、になったんではこれは、もう字民の生活も非常に、苦しくなって来る。」と、いうようなことのからですね、「これは雨を降らすことを考えなければいけないんでないか。」というそういうような考えをですね、その字民がみんな話合いをしてですね、その対策をこうじたということでありますが、それじゃあ、その前にですね、屋良漏池に、そういったような大蛇が出たというふうなことが出ているわけですよね、「その大蛇をそれじゃあ、なくするにはどうした方がいいか。」というふうなことで、色々こうあれした結果、「これはもう生贄にしなければいけない。」というような話がこう持ち上がったということで、それで、今度は、「その生贄になるのをそれじゃあ、どういうふうにするか。」ということで、やったところ、「貧乏人のそういったような、そのお婆ちゃんの子供、子供、女の子をですね、それじゃあ、生贄にしてやれば、そういったような、願いごとが叶えるんでないか。」と言うようなことで、それをやろうとしてですね、そうして首里の王様に、義本王でしょうな、そういった報告して、「いついつの何時頃、そういうようなことでね、その生贄にして、そういう大旱魃から、逃れるようなことをやる。」と。そういうことがあったもんだから義本王は、「これではいけないから、この子供達を、可哀相じゃないか。」と、そういったような、ことでもうやがてその漏池に流れる寸前までですね、そういうような、ことが起こったということでありますがね、しかし、それが助けられてですね、その大蛇に噛まれるのを助けられたもんですからね、この娘の命はだから、守られたわけですね。そうしたもんだから今度は王様がですね、「これは非常にいいことをみんな字民で考えてくれた。この向こうまでの漁業権というのはですね、みんなあんた方の部落の人に上げるから。」というふうなことになって、そうしてそれが、今度はまた、その日に大雨が降ってですね、念願が叶ったということでありますがね。そうしてそれでですね、またその後ですね、戦後、になってもですね、そういうことがあったわけですがね、大旱魃が続いて、雨をふらそうと、漏池にみんな集まってですね、お婆さん達がその念願をやったら、二、三日後に大雨が降ってですね、その旱魃から免れたということなんです。それで、屋良字としてですね、この屋良漏池をですね、毎年、拝んでいるわけですよ。漏池御願と言うんですね、そうして最初の間はですね、豚一頭を漏池に放り込む。しかしもうそれも長続きしないでですね、それから今度は、鶏に変わる。そして、今はその御願の時に卵三個川にささげてやっているわけです。これ続いてますよだから。今は、卵三個も投げていますかね、これが漏池御願と言ってですね、これずっと続いているわけです。ただ、投げ込む生贄になるのはまた豚から、そういうふうに、もういろんな山羊とかもう動物やっていましたがね、これではもう続かんからということで、鶏は続いたそうですが、またこれでもだめだから、今度卵なるようっと言ってもう今三個ずつやっている。これはだからあまり他ではないんですかなあ。それでこれがまた、そういった念願叶って雨も降らしたということになりますから。 |
| 全体の記録時間数 | 5:28 |
| 物語の時間数 | 5:11 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |