北山は、攀安知に滅ぼされた今帰仁按司は、先北山で、それから、中北山、後北山て三段階になるわけ。それで、先北山は、滅されたもんだからね、それで、もう親を殺された兄弟連中は、全部田舎に逃げてきたわけ。で、兄弟集まって、「北山を奪回して、親の仇取らないといかん。」と思って、その兄弟が、山田按司ね、それから安慶名按司、それから伊波按司、北谷按司の四人兄弟なんだ。安慶名按司という家は、大川按司ともいうよ。それで、勢力を蓄えてね、兵を持って北山を奪回するつもりで、あっちこっちにみな分家してね、城主になって、城をたくさん持ったわけよ。それで、一人の兄弟が山田按司だから。山田按司には、護佐丸という長男がいた。また、安慶名から分家した人はみんな大川ついているわけさ。だから、屋良城は、大川城ともいうし、屋良も大川按司ともいうさあ。屋良の大川按司や北谷も大川按司ていうわけさ。これは、安慶名の子孫で分家した人。それで、大川按司つているげどね。阿麻和利は、屋良の大川按司の嫡子だったらしいんだ。今に言えば、小さい時は、あの小児麻痺みたいに、普通の人じゃなくて、ちょっと体が不自由であったらしい。大川城主は、これをこんな大きな大川城主を、こんな小児麻痺の沖縄方言では、蛸のえーくって言っていたよね。いえば、元気がなくて、蛸みたようだってねえ。「こういう子供持ったら、各按司に、面目たたん。」ということで、その自分の嫡子を、閣僚に言いつけて、屋良の洞窟があるわけさ。そこに置いとかして、それでご飯を三度持って行っていたらしい。それで阿麻和利は、もう18、19もなったもんだから、こう寝ていて蜘蛛が巣つくるでしょうが。その蜘蛛の巣見て、自分で、ヤマカズラってあるでしょう。それの小さいもんが大きく長くなっているのを集め、それを集めてからに、太陽に日干して、それで石でこうとって叩いて綱みたいのなるさ、その蜘蛛見て、網を作ったわけ。網を作って、そこの前は川だからほでえ魚捕るって投げたらね、軽いからあんまり沈まんらったらしいんだよ。それで、石を重りにあちこちにつけてね、で、やったらねえ全部沈んだらしいんだ。で、しばらくしたら、そこの上に魚が多いらしいから、これを急に上げたらたくさんもう魚が捕えてね。それがもう沖縄のあの魚捕る網ね、あれの始まり。で、これが二十何才か、青年なったもんだからね。で、勝連よ、与那城といったかなああるさあね。あそこの村に行って生活したらしいんだよ。あそこの村で、生活していた。勝連城主はねえ、阿麻和利は丁度四度目で、最初は茂知附按司ねえ。で、二番が長浜按司、三番が何といったかな。あそこの勝連城址の石板に書かれておる。それで、四代目が阿麻和利。それで、あそこう行ったら与名城村いろいろな人ね、「今の茂知附按司はもうとっても、悪い、若い女もろもろ集めてねえ、自分勝手にする。」とかねえ、「税金を非常にたくさん取ってからにもうくう百姓とってもいじめる。」とかね、もうとっても悪口でもうあんまり信用ないわけでしょう。そおったらあもう阿麻和利が、「この際ね、わしがもう討たんないかん。」と言ってねえ、元をただせば、自分も親が武士だから、で、村の人々にねえ、その網れもってねえ、いつも魚採ってねえ、みんなにあげてよう。村の人皆も、もうなついてよ。とっても信用あるわけよ。それで何でも相談乗るようになったわけだ。それで、「もうこの人のためだったら、命も惜しまん。」というったぐらいにもう信用あるわけよ。で、何百人って集めてね、「あんたらわしが言うの聞いてくれるか。」ったら、「ううん、聞くよ、聞くよ。」と言って、みんな手挙げてねえ。「何月何日に、時刻は何時頃ね、日を暮れてから松明に火を点けて、それで何百人のね、人数をね、どこそこの道からね、後、松明を点けて皆、どこどこに行きなさい。」と言って、指示したわけ。その時に阿麻和利はすぐ城に行って、「按司に会わせてくれ。」って。そう言っても門番は聞かんもんだから、大声でもう怒鳴ったもんだからね。して、按司の閣僚が聞いて、「何なんか。門は何か。」ってですね。「まあ、こうして、百姓なんか会いに来とるけれども。」「ああそうかあ、じゃあ入れなさい。一応相談して来るから。」と言って、これを待たすのを按司にね、「こうこうして来とるけれども。会いにきとるけれども。」「入れなさい。」って、で、入れられたもんだから、それで茂知附のその按司に、会ったわけよ。「もう大変です。もう今にもう大至急一時も油断できませんので、首里軍からね、勝連城を攻撃しに今向かっています。」って、言うたわけ。「そんなことないだろう。」つて、お城には物見場ってあるわけさあね。「じゃあ、高い所ないですか。行って見ましょう。」ってね、物見場に上がったもんだからね、「あれは何ですか、あれ松明じゃない。」その按司もびっくりして、「そんなはずないだけどなあ。」っと言ってね。その時に物見場っていうぐらい、石や木の上に、ずっと高い所に連れていってね。連れていった城主、押してひっくり返して殺したわけさあ。その時に、阿麻和利は、度胸あるもんだからその閣僚連中に、「今からわしはもう按司なるから、わしの言うことに従いなさい。主人は来るから。」といって、それで皆従うようになり、この人が按司になったわけ。その時はまたその阿麻和利は、勝連城主として、いろいろ中国にも交易船を派遣して、交易してね、大和とも、交易して、おもろそうしにもこの人のことが、書かれているよ。城下町も、それから今度はあまり勢力が、伸びたもんだから、首里では「これ百姓あがりがね、こんなにもう勝連城主を滅ぼして、自分が城主なった。頭がいいもんだから周囲でももううっかりできんから。」って、それで尚泰久王の娘の百度踏揚を、阿麻和利に婿取りさせたわけ。これは、どこの国も、そういうことあるからね。戦争して戦後ちょっと平和にするために、自分の娘をあげるという。それで、向こうにその娘の付添人としてね、大城賢勇という、この人文武に優れた強力な人だけど、方言で、鬼大城という。もう鬼みたいに強力な、鬼大城を派遣して、もう付添い人さあ。それで行っている時に阿麻和利が首里に謀叛を企んでいることが分かったもんだから、百度踏揚と鬼大城は、逃げた。阿麻和利は、逃げたことを知ったもんだから、今度は、すぐ首里にこう攻撃したわけよ。で、首里に攻撃したけど、もう首里が強いから、敗退して帰ってきたら、戦力を整えた首里軍が、また勝連城を攻撃して、あそこの城を滅ぼししたから、阿麻和利は、逃げて、嘉手納の洞窟があるが、そこにしばらく隠れておったらしいけど、そこからも追われてね、楚辺の山でつかまれてね、それで死刑はね、「悪人だから。」と言ってね、鋸でがさがら死刑にした。だから悪人とね、琉球歴史にも、伝説にも先祖代々から、みんなこれも、憎いっちって言われておるもんだからね、この子孫はね、自分の位牌は、どこにあるか分からん。また、こっちにも墓あるし、あっちにも墓あるし、どこに本当の墓あるか分からん。今の時代と考えて、ひとつの社会主義で、本当の正当な人間で英雄じゃったんないかなあという人もいるわけさあ。
| レコード番号 | 47O416377 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C339 |
| 決定題名 | 阿麻和利(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 沢岻安徳 |
| 話者名かな | たくしあんとく |
| 生年月日 | 19220826 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 嘉手納町野国 |
| 記録日 | 19940917 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 嘉手納TT42A01 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 北山,攀安知,今帰仁按司,山田按司,安慶名按司,伊波按司,北谷按司,護佐丸,体が不自由,網,勝連城主,茂知附按司,首里軍,尚泰久王の娘の百度踏揚,大城賢勇, |
| 梗概(こうがい) | 北山は、攀安知に滅ぼされた今帰仁按司は、先北山で、それから、中北山、後北山て三段階になるわけ。それで、先北山は、滅されたもんだからね、それで、もう親を殺された兄弟連中は、全部田舎に逃げてきたわけ。で、兄弟集まって、「北山を奪回して、親の仇取らないといかん。」と思って、その兄弟が、山田按司ね、それから安慶名按司、それから伊波按司、北谷按司の四人兄弟なんだ。安慶名按司という家は、大川按司ともいうよ。それで、勢力を蓄えてね、兵を持って北山を奪回するつもりで、あっちこっちにみな分家してね、城主になって、城をたくさん持ったわけよ。それで、一人の兄弟が山田按司だから。山田按司には、護佐丸という長男がいた。また、安慶名から分家した人はみんな大川ついているわけさ。だから、屋良城は、大川城ともいうし、屋良も大川按司ともいうさあ。屋良の大川按司や北谷も大川按司ていうわけさ。これは、安慶名の子孫で分家した人。それで、大川按司つているげどね。阿麻和利は、屋良の大川按司の嫡子だったらしいんだ。今に言えば、小さい時は、あの小児麻痺みたいに、普通の人じゃなくて、ちょっと体が不自由であったらしい。大川城主は、これをこんな大きな大川城主を、こんな小児麻痺の沖縄方言では、蛸のえーくって言っていたよね。いえば、元気がなくて、蛸みたようだってねえ。「こういう子供持ったら、各按司に、面目たたん。」ということで、その自分の嫡子を、閣僚に言いつけて、屋良の洞窟があるわけさ。そこに置いとかして、それでご飯を三度持って行っていたらしい。それで阿麻和利は、もう18、19もなったもんだから、こう寝ていて蜘蛛が巣つくるでしょうが。その蜘蛛の巣見て、自分で、ヤマカズラってあるでしょう。それの小さいもんが大きく長くなっているのを集め、それを集めてからに、太陽に日干して、それで石でこうとって叩いて綱みたいのなるさ、その蜘蛛見て、網を作ったわけ。網を作って、そこの前は川だからほでえ魚捕るって投げたらね、軽いからあんまり沈まんらったらしいんだよ。それで、石を重りにあちこちにつけてね、で、やったらねえ全部沈んだらしいんだ。で、しばらくしたら、そこの上に魚が多いらしいから、これを急に上げたらたくさんもう魚が捕えてね。それがもう沖縄のあの魚捕る網ね、あれの始まり。で、これが二十何才か、青年なったもんだからね。で、勝連よ、与那城といったかなああるさあね。あそこの村に行って生活したらしいんだよ。あそこの村で、生活していた。勝連城主はねえ、阿麻和利は丁度四度目で、最初は茂知附按司ねえ。で、二番が長浜按司、三番が何といったかな。あそこの勝連城址の石板に書かれておる。それで、四代目が阿麻和利。それで、あそこう行ったら与名城村いろいろな人ね、「今の茂知附按司はもうとっても、悪い、若い女もろもろ集めてねえ、自分勝手にする。」とかねえ、「税金を非常にたくさん取ってからにもうくう百姓とってもいじめる。」とかね、もうとっても悪口でもうあんまり信用ないわけでしょう。そおったらあもう阿麻和利が、「この際ね、わしがもう討たんないかん。」と言ってねえ、元をただせば、自分も親が武士だから、で、村の人々にねえ、その網れもってねえ、いつも魚採ってねえ、みんなにあげてよう。村の人皆も、もうなついてよ。とっても信用あるわけよ。それで何でも相談乗るようになったわけだ。それで、「もうこの人のためだったら、命も惜しまん。」というったぐらいにもう信用あるわけよ。で、何百人って集めてね、「あんたらわしが言うの聞いてくれるか。」ったら、「ううん、聞くよ、聞くよ。」と言って、みんな手挙げてねえ。「何月何日に、時刻は何時頃ね、日を暮れてから松明に火を点けて、それで何百人のね、人数をね、どこそこの道からね、後、松明を点けて皆、どこどこに行きなさい。」と言って、指示したわけ。その時に阿麻和利はすぐ城に行って、「按司に会わせてくれ。」って。そう言っても門番は聞かんもんだから、大声でもう怒鳴ったもんだからね。して、按司の閣僚が聞いて、「何なんか。門は何か。」ってですね。「まあ、こうして、百姓なんか会いに来とるけれども。」「ああそうかあ、じゃあ入れなさい。一応相談して来るから。」と言って、これを待たすのを按司にね、「こうこうして来とるけれども。会いにきとるけれども。」「入れなさい。」って、で、入れられたもんだから、それで茂知附のその按司に、会ったわけよ。「もう大変です。もう今にもう大至急一時も油断できませんので、首里軍からね、勝連城を攻撃しに今向かっています。」って、言うたわけ。「そんなことないだろう。」つて、お城には物見場ってあるわけさあね。「じゃあ、高い所ないですか。行って見ましょう。」ってね、物見場に上がったもんだからね、「あれは何ですか、あれ松明じゃない。」その按司もびっくりして、「そんなはずないだけどなあ。」っと言ってね。その時に物見場っていうぐらい、石や木の上に、ずっと高い所に連れていってね。連れていった城主、押してひっくり返して殺したわけさあ。その時に、阿麻和利は、度胸あるもんだからその閣僚連中に、「今からわしはもう按司なるから、わしの言うことに従いなさい。主人は来るから。」といって、それで皆従うようになり、この人が按司になったわけ。その時はまたその阿麻和利は、勝連城主として、いろいろ中国にも交易船を派遣して、交易してね、大和とも、交易して、おもろそうしにもこの人のことが、書かれているよ。城下町も、それから今度はあまり勢力が、伸びたもんだから、首里では「これ百姓あがりがね、こんなにもう勝連城主を滅ぼして、自分が城主なった。頭がいいもんだから周囲でももううっかりできんから。」って、それで尚泰久王の娘の百度踏揚を、阿麻和利に婿取りさせたわけ。これは、どこの国も、そういうことあるからね。戦争して戦後ちょっと平和にするために、自分の娘をあげるという。それで、向こうにその娘の付添人としてね、大城賢勇という、この人文武に優れた強力な人だけど、方言で、鬼大城という。もう鬼みたいに強力な、鬼大城を派遣して、もう付添い人さあ。それで行っている時に阿麻和利が首里に謀叛を企んでいることが分かったもんだから、百度踏揚と鬼大城は、逃げた。阿麻和利は、逃げたことを知ったもんだから、今度は、すぐ首里にこう攻撃したわけよ。で、首里に攻撃したけど、もう首里が強いから、敗退して帰ってきたら、戦力を整えた首里軍が、また勝連城を攻撃して、あそこの城を滅ぼししたから、阿麻和利は、逃げて、嘉手納の洞窟があるが、そこにしばらく隠れておったらしいけど、そこからも追われてね、楚辺の山でつかまれてね、それで死刑はね、「悪人だから。」と言ってね、鋸でがさがら死刑にした。だから悪人とね、琉球歴史にも、伝説にも先祖代々から、みんなこれも、憎いっちって言われておるもんだからね、この子孫はね、自分の位牌は、どこにあるか分からん。また、こっちにも墓あるし、あっちにも墓あるし、どこに本当の墓あるか分からん。今の時代と考えて、ひとつの社会主義で、本当の正当な人間で英雄じゃったんないかなあという人もいるわけさあ。 |
| 全体の記録時間数 | 15:15 |
| 物語の時間数 | 14:42 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |