尚巴志(共通語)

概要

尚巴志ったらね、三山分立ぬ、統一して平定したね、尚巴志なんだけどね、この人は、最初は佐敷村ね、佐敷を支配しておった佐敷小按司。何で小さい按司っちいったかね、この人はね身体が小さかったらしいんだ。ともかく身体は小さいけんど、とっても体力があってね、頭が良くて、すごい武道も達者でね、優れとったらしいんだよ。その按司がいたの。また、この按司はね、鍛冶屋にね、刀を注文したらしいんだよ。で、刀注文したらね、刀一本打つのに二ヶ年かかってまだだったから、また行ったらね、「まだできんか。」「まだできてない。」ちゅうて。もう三ヶ年ようやく通ってね、ほとんど名刀作ったらしいんだよ。あんやれー。で、この刀はね、津堅ちゅうたかな、あそこに船で行く時にね、何つか大っきな鮫がね、もう飛び跳ねて、それに接近して来よったらしいんだよ。すると、佐敷小按司が刀抜いたらてね、もうずっと離れとるんだけどね、鮫が切られて二つに割れてね、離れておった。まあ、そのぐらいもう名刀な。で、この人がある日ね、東海岸のね、中城ね、あそこ沖にね、オランダ船が入ったっていう噂が聞いたもんだからね、この人は、また船乗ってね、行ったらしいんだよ。そして、オランダ船に近づいて、ほで、オランダ船はね、もう橋下ろしてね、「上がってきなさい。」ちゅうて。で、行ったもんだからね、「じゃ、あんた。これはどんな刀か。」ちゅうから、そん時には、もうオランダ語知らんけども、手足で手真似でやったらしいんだけどね、ほんで、刀を見したもんだからね、ほで、もう珍しい刀ちゅうてね、ほで、「売ってくれ。」ちゅうて。「あんたら何か積んどるか。」って言って、「鉄を積んどる。」ちゅうて。したら、「鉄とこれ交換してくれ。」ちゅうて、船いっぱいの鉄とね、刀一本とね、交換して、鉄を降ろしたらしいんだよ。その鉄を降ろしたもんだからね、その刀を交換して、それで、その佐敷小按司がね、鍛冶屋で農具を造らせた。初めて農具をね、鉄で造らしたのは佐敷小按司で、その農具を百姓連中にね、全部あげたらしいんだよ。それから、もうみんな百姓もね、他の領主の領地の百姓もよ、みんなもうこの佐敷按司にね、親しみついてよ、ほれで、領地はそれからどんどん広げてさ。ほで刀の事はそれだけらけろ、大里按司ちゅうてね、こうて川が通っとたらしいんだよね。それで、この川がね、田んぼに水入れる川があったらしいんだよ。ほで、尚巴志はね、中国から持ってきた金の屏風持っとったらしいんだ。これを、琉球全国的にね、もう佐敷按司は、もう黄金の屏風持っとると聞いたもんだからね、大里按司はね、それ聞いてね、「その屏風、屏風売ってくれんか。」っち言ったもんだからね、「売らんけどね、そこの水田ね、川、たまたま水田をね、と交換しようや。」ちゅうて。で、交換したってよ。また、交換したその明くる日から立て札立ててね、ここから水取る者は、禁止するちゅうてね、大里の領地には、もう今度水差し止めして、自分の領地に全部流したらしいんだよ。それで向こうの領地の農民はね、それからもうみんな自分田はもう干上がってね、稲も作れ、お米も作れんでしょ。もう困ってしまっていたら、それから、そのうちにちゅうて、その佐敷小按司はね、すぐ兵をおこしてね、大里滅ぼしたわけさ。ほで、だんだんだ勢力が強くなって、これは今から六百年ぐらい前だけどね、察度王っていってね、察度王ちゅうて、初めて六百年前に、ブルティとった人だけどね、察度王ちゅうて。で、その、察度王ね、不意打ちでよ、すぐ占領したわけよ。それで占領してね、で、佐敷小按司の尚巴志が、察度を滅ぼして首里に上がってね、それで、もう中山の按司となった。この時代は、南山、中山、北山と三山に分かれておったから、ほで、中山っちたら首里なんだよ。この一体を支配するとこだからね。で、察度を滅ぼして自分が中山なって、中国っとの貿易はね、尚巴志はね、察度の子であるといって書類を作って出した。年はだいぶずれとるけんどね、そうして出したらね、向こうも、オッケイしてね、今度尚巴志が貿易の継ぎをして貿易しとるわけさ。それで、それで今度は、八年後に、九年後に、この北山征伐してね、北山の攀安知(はんあんち)ちゅうてね、有名な兵力持った武士だけどね、ほで、そん時に尚巴志はね、この尚というこの称はね、中国から貰った称なんだよ。沖縄の尚は、中国から与えられた氏は。それで、そん時から。察度倒して、自分が按司なったもんだから、中国から貰ったその尚巴志はね、尚と書いて巴志って付けて、尚巴志。ほで、北山滅ぼしてね、それからまた、後にまた南山も滅ぼしてね、琉球を全部統一したわけ。で、琉球統一したけど、わしらの先祖の金丸という人がね、金丸という人がまた尚を滅ぼして、ほで、金丸は按司なって、で、金丸が尚円王となったわけ。尚円王の後が尚真王なった。

再生時間:9:00

民話詳細DATA

レコード番号 47O416373
CD番号 47O41C339
決定題名 尚巴志(共通語)
話者がつけた題名
話者名 沢岻安徳
話者名かな たくしあんとく
生年月日 19220826
性別
出身地 嘉手納町野国
記録日 19940917
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 嘉手納TT41B03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 かでなの民話P241
キーワード 尚巴志,三山分立,佐敷小按司,鍛冶屋,オランダ船,中国,金の屏風,大里按司,察度王,北山の攀安知,、金丸が尚円王,尚真王
梗概(こうがい) 尚巴志ったらね、三山分立ぬ、統一して平定したね、尚巴志なんだけどね、この人は、最初は佐敷村ね、佐敷を支配しておった佐敷小按司。何で小さい按司っちいったかね、この人はね身体が小さかったらしいんだ。ともかく身体は小さいけんど、とっても体力があってね、頭が良くて、すごい武道も達者でね、優れとったらしいんだよ。その按司がいたの。また、この按司はね、鍛冶屋にね、刀を注文したらしいんだよ。で、刀注文したらね、刀一本打つのに二ヶ年かかってまだだったから、また行ったらね、「まだできんか。」「まだできてない。」ちゅうて。もう三ヶ年ようやく通ってね、ほとんど名刀作ったらしいんだよ。あんやれー。で、この刀はね、津堅ちゅうたかな、あそこに船で行く時にね、何つか大っきな鮫がね、もう飛び跳ねて、それに接近して来よったらしいんだよ。すると、佐敷小按司が刀抜いたらてね、もうずっと離れとるんだけどね、鮫が切られて二つに割れてね、離れておった。まあ、そのぐらいもう名刀な。で、この人がある日ね、東海岸のね、中城ね、あそこ沖にね、オランダ船が入ったっていう噂が聞いたもんだからね、この人は、また船乗ってね、行ったらしいんだよ。そして、オランダ船に近づいて、ほで、オランダ船はね、もう橋下ろしてね、「上がってきなさい。」ちゅうて。で、行ったもんだからね、「じゃ、あんた。これはどんな刀か。」ちゅうから、そん時には、もうオランダ語知らんけども、手足で手真似でやったらしいんだけどね、ほんで、刀を見したもんだからね、ほで、もう珍しい刀ちゅうてね、ほで、「売ってくれ。」ちゅうて。「あんたら何か積んどるか。」って言って、「鉄を積んどる。」ちゅうて。したら、「鉄とこれ交換してくれ。」ちゅうて、船いっぱいの鉄とね、刀一本とね、交換して、鉄を降ろしたらしいんだよ。その鉄を降ろしたもんだからね、その刀を交換して、それで、その佐敷小按司がね、鍛冶屋で農具を造らせた。初めて農具をね、鉄で造らしたのは佐敷小按司で、その農具を百姓連中にね、全部あげたらしいんだよ。それから、もうみんな百姓もね、他の領主の領地の百姓もよ、みんなもうこの佐敷按司にね、親しみついてよ、ほれで、領地はそれからどんどん広げてさ。ほで刀の事はそれだけらけろ、大里按司ちゅうてね、こうて川が通っとたらしいんだよね。それで、この川がね、田んぼに水入れる川があったらしいんだよ。ほで、尚巴志はね、中国から持ってきた金の屏風持っとったらしいんだ。これを、琉球全国的にね、もう佐敷按司は、もう黄金の屏風持っとると聞いたもんだからね、大里按司はね、それ聞いてね、「その屏風、屏風売ってくれんか。」っち言ったもんだからね、「売らんけどね、そこの水田ね、川、たまたま水田をね、と交換しようや。」ちゅうて。で、交換したってよ。また、交換したその明くる日から立て札立ててね、ここから水取る者は、禁止するちゅうてね、大里の領地には、もう今度水差し止めして、自分の領地に全部流したらしいんだよ。それで向こうの領地の農民はね、それからもうみんな自分田はもう干上がってね、稲も作れ、お米も作れんでしょ。もう困ってしまっていたら、それから、そのうちにちゅうて、その佐敷小按司はね、すぐ兵をおこしてね、大里滅ぼしたわけさ。ほで、だんだんだ勢力が強くなって、これは今から六百年ぐらい前だけどね、察度王っていってね、察度王ちゅうて、初めて六百年前に、ブルティとった人だけどね、察度王ちゅうて。で、その、察度王ね、不意打ちでよ、すぐ占領したわけよ。それで占領してね、で、佐敷小按司の尚巴志が、察度を滅ぼして首里に上がってね、それで、もう中山の按司となった。この時代は、南山、中山、北山と三山に分かれておったから、ほで、中山っちたら首里なんだよ。この一体を支配するとこだからね。で、察度を滅ぼして自分が中山なって、中国っとの貿易はね、尚巴志はね、察度の子であるといって書類を作って出した。年はだいぶずれとるけんどね、そうして出したらね、向こうも、オッケイしてね、今度尚巴志が貿易の継ぎをして貿易しとるわけさ。それで、それで今度は、八年後に、九年後に、この北山征伐してね、北山の攀安知(はんあんち)ちゅうてね、有名な兵力持った武士だけどね、ほで、そん時に尚巴志はね、この尚というこの称はね、中国から貰った称なんだよ。沖縄の尚は、中国から与えられた氏は。それで、そん時から。察度倒して、自分が按司なったもんだから、中国から貰ったその尚巴志はね、尚と書いて巴志って付けて、尚巴志。ほで、北山滅ぼしてね、それからまた、後にまた南山も滅ぼしてね、琉球を全部統一したわけ。で、琉球統一したけど、わしらの先祖の金丸という人がね、金丸という人がまた尚を滅ぼして、ほで、金丸は按司なって、で、金丸が尚円王となったわけ。尚円王の後が尚真王なった。
全体の記録時間数 9:29
物語の時間数 9:00
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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