屋良ムルチ(共通語)

概要

屋良漏池ってこっちから約二キロぐらいの所にね、米軍の弾薬庫の入口のね手前の左側にね、そこに、屋良漏池って昔屋良村の碑があったわけさ。一四世紀か一五世紀頃にね、今から数えたら700年前後ぐらいだね。そこの屋良村にはね、その大きな蛇が出て、鰻みたいな蛇とも言うけどね、もう髭生やしてね、大きいもんがいたらしいんだよ。もう夜中にね、その池からずっと畑に上がってね、稲とかね、食ってね、また池に戻ったという話はあったよ。村とかはね、もう美人をね、その鰻に年に一回ずつ生贄にあげよったらしいよ。それで、村人の一番の美人の人がね、誰々と言って、当たったらしいんだよね。今度の生贄は誰ちゅうて。ほんで、もうしかたないもんだから、もう白衣装を着させてね、座るその石があったらしいんだよ。そこに座っとったらね、その蛇が出てきてね、喰いよったらしいんだよ。ほんで、ある日その女の子がね、立ったらしいね。そっとったら、大きな何ちゅうか、稲光してね、喰おうとする時、雷がその頭に落ちてね、大蛇は死んで、その娘さんは助かってね

再生時間:3:27

民話詳細DATA

レコード番号 47O416361
CD番号 47O41C338
決定題名 屋良ムルチ(共通語)
話者がつけた題名
話者名 沢岻安徳
話者名かな たくしあんとく
生年月日 19220826
性別
出身地 嘉手納町野国
記録日 19940917
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 嘉手納TT41A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 本格昔話
発句(ほっく)
伝承事情 本にあった。
文字化資料
キーワード 屋良漏池ってこっちから約二キロぐらいの所にね、米軍の弾薬庫の入口のね手前の左側にね、そこに、屋良漏池って昔屋良村の碑があったわけさ。一四世紀か一五世紀頃にね、今から数えたら700年前後ぐらいだね。そこの屋良村にはね、その大きな蛇が出て、鰻みたいな蛇とも言うけどね、もう髭生やしてね、大きいもんがいたらしいんだよ。もう夜中にね、その池からずっと畑に上がってね、稲とかね、食ってね、また池に戻ったという話はあったよ。村とかはね、もう美人をね、その鰻に年に一回ずつ生贄にあげよったらしいよ。それで、村人の一番の美人の人がね、誰々と言って、当たったらしいんだよね。今度の生贄は誰ちゅうて。ほんで、もうしかたないもんだから、もう白衣装を着させてね、座るその石があったらしいんだよ。そこに座っとったらね、その蛇が出てきてね、喰いよったらしいんだよ。ほんで、ある日その女の子がね、立ったらしいね。そっとったら、大きな何ちゅうか、稲光してね、喰おうとする時、雷がその頭に落ちてね、大蛇は死んで、その娘さんは助かってね
梗概(こうがい) 屋良漏池ってこっちから約二キロぐらいの所にね、米軍の弾薬庫の入口のね手前の左側にね、そこに、屋良漏池って昔屋良村の碑があったわけさ。一四世紀か一五世紀頃にね、今から数えたら700年前後ぐらいだね。そこの屋良村にはね、その大きな蛇が出て、鰻みたいな蛇とも言うけどね、もう髭生やしてね、大きいもんがいたらしいんだよ。もう夜中にね、その池からずっと畑に上がってね、稲とかね、食ってね、また池に戻ったという話はあったよ。村とかはね、もう美人をね、その鰻に年に一回ずつ生贄にあげよったらしいよ。それで、村人の一番の美人の人がね、誰々と言って、当たったらしいんだよね。今度の生贄は誰ちゅうて。ほんで、もうしかたないもんだから、もう白衣装を着させてね、座るその石があったらしいんだよ。そこに座っとったらね、その蛇が出てきてね、喰いよったらしいんだよ。ほんで、ある日その女の子がね、立ったらしいね。そっとったら、大きな何ちゅうか、稲光してね、喰おうとする時、雷がその頭に落ちてね、大蛇は死んで、その娘さんは助かってね
全体の記録時間数 3:59
物語の時間数 3:27
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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