泊から先祖が千原に来る前には、野里ですね、野里では、屋号はカーヌイー、千原の前は野里だったと聞いています。そして井の上ですね、要するに井戸の近くとゆう屋号があったみたいです。これはもう家の父の親、要するに家の祖父にあたるわけですから、それより、一代上ぐらいじゃないかと思うんですがね。このように千原に来る前は野里ですね、明治の初期頃じゃないかと思いますねえ。もう年に120周年ぐらいになりましたから、千原は、知花が一番で、次が花城ですね、古いほうに入る。ちょっと知花さんのところが、早くても14、5年ぐらいの差ぐらいじゃないと思うんですがね。まずは我々の専門のエイサーのいろんなから見ますとですね、最初、八世帯、これがですね、今から190年、ぐらいですから、そして、1850年ぐらいに二五世帯ぐらいといいますからね、そういうぐわいに聞いておりますので、大体、1850年から、まあ一四、五年から20年ぐらい前に知花と、あるいは花城もその時分に、こられたんじゃないかと思います。大体もう私たちの部落が、ほとんどもう土地は小作なんですよね、それで、これが大体野里の方の土地だったわけですよ。そこで、小作をしながら、種が少しでも野菜とか、芋とか、種になるようなものを売って少しでも溜まるとですね、これをだんだんこう野里の地主から、自分の土地をですね、求めていったとゆうのが千原は多いみたいです。家の祖先もそうゆうような働きをしていたと聞かされておる。あっちこっちにですね、例えば野里の部落にいってる大地主のですね、そういうとこに行ったりしてですね、日雇いぽいことかですね、そうゆうものは、よくやったみたいですね。
| レコード番号 | 47O416225 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C331 |
| 決定題名 | 千原の花城門中(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 花城康次郎 |
| 話者名かな | はなしろこうじろう |
| 生年月日 | 19210110 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 嘉手納町野国 |
| 記録日 | 19940916 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 嘉手納T34A03 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | かでなの民話P81 |
| キーワード | 泊,千原,野里,カーヌイー,明治の初期頃 |
| 梗概(こうがい) | 泊から先祖が千原に来る前には、野里ですね、野里では、屋号はカーヌイー、千原の前は野里だったと聞いています。そして井の上ですね、要するに井戸の近くとゆう屋号があったみたいです。これはもう家の父の親、要するに家の祖父にあたるわけですから、それより、一代上ぐらいじゃないかと思うんですがね。このように千原に来る前は野里ですね、明治の初期頃じゃないかと思いますねえ。もう年に120周年ぐらいになりましたから、千原は、知花が一番で、次が花城ですね、古いほうに入る。ちょっと知花さんのところが、早くても14、5年ぐらいの差ぐらいじゃないと思うんですがね。まずは我々の専門のエイサーのいろんなから見ますとですね、最初、八世帯、これがですね、今から190年、ぐらいですから、そして、1850年ぐらいに二五世帯ぐらいといいますからね、そういうぐわいに聞いておりますので、大体、1850年から、まあ一四、五年から20年ぐらい前に知花と、あるいは花城もその時分に、こられたんじゃないかと思います。大体もう私たちの部落が、ほとんどもう土地は小作なんですよね、それで、これが大体野里の方の土地だったわけですよ。そこで、小作をしながら、種が少しでも野菜とか、芋とか、種になるようなものを売って少しでも溜まるとですね、これをだんだんこう野里の地主から、自分の土地をですね、求めていったとゆうのが千原は多いみたいです。家の祖先もそうゆうような働きをしていたと聞かされておる。あっちこっちにですね、例えば野里の部落にいってる大地主のですね、そういうとこに行ったりしてですね、日雇いぽいことかですね、そうゆうものは、よくやったみたいですね。 |
| 全体の記録時間数 | 5:16 |
| 物語の時間数 | 5:05 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |