赤犬子(共通語)

概要

楚辺暗井といってね、水汲む泉があるわけさあね。そういう所があって、とてもこの楚辺の赤犬子のお母さんはね、ミス楚辺というか、まあ、沖縄風で言えば、楚辺美ゅらーといってね、もう楚辺きっての美人だったそうだ。そしてもう村の青年たちはね、「誰があいつを妻にするか。」つってね、非常にもう間にさ、この赤犬子のお母さんは妊娠したらしい。そしたら、もう、「お前がやったのか、お前がやったのか。」と言ってもう青年たちはもう右往左往してね、「誰が射止めたかなあ。」と言ってやったらね、誰もいないわけさあね。したらもう全く父親は誰か知らないが妊娠していると言うことで、もう村中で騒ぎになってね、もう村一番の金持ちのせがれがね、力づくでもその自分のものにするというぐらいだったらしいから。で、とうとうその妊娠して、みんなで、あれしたら、誰もその娘と一緒に、妊娠さした人いないということでね、結局もう生まれて来たらね、もうそこにおれんでさ、その親は、父無し子を産んでるんだから、そしたらもうお婆さんに預けてね、この母親は、今、津堅の向かいにね、ウキバルという島があるんですよね。浮いた島、そこに逃げてってまあ、嫁いでいったんでしょうね。そうて、やったらもういわゆる父なしごみんなから言われたもんだから、結局三味線あれしてね、もう沖縄本島中、全部まわって歩きよったそうだ。そしたら、これの大家だからね、もう琉球古典の始祖といわれるあれだからね、そう北谷で、そこでね、子どもが道で、遊んでおったらしい。そしたら、この子どもに、「だ、いったー、おとーはどこいったかー、おかーはどこいったかー。」と言って、聞いたらね、「おかーはね、冬青草、夏がらがら採りに。」冬は青い草だがね、夏には枯れて、夏がらがらといって、もう枯れてしまうようなもの採りにと、これなにかというと、豆さあね、大豆。冬植えてもう葉っぱがついて青々としてるでしょう。夏にはこう全部収穫するから、葉っぱ落ちてもう実だけ残るわけさあね。で、「お父さんはね、なに、どこに行ったか。」ってったら、「ゆーるぬみー、夜の目を採りに行く。」と。それ何かといったらね、大きな松のね、根っこのほうにはトゥブシと言ってね、ここに松の油が集まっている箇所があるわけさあね、トゥブシと言ってね。これ採ってきてね、昔は電灯もない、石油もないから、これを燃やして、ランプ代わりにしよったわけさ。トゥブシを燃やして。あるいは、何かの動物の油なんか、燃やしよったはずだがね。ま、トゥブシでこう夜の明かりをするわけさあね。ゆーるぬみーと言って、夜の明かり目さ、それ採りにと言ったらしい。そったらこの赤犬子がねえ、「こらあ、出来る人になるぞ。」と言ってね、この子どもに言ったらしい。その言われた子どもというのが有名な沖縄で初めての坊さんになったね、南陽紹弘禅師と言ってね、北谷長老という人だったらしい。で、この北谷長老も結局、もう小さい、「この子は坊主をやったほうがよいだろう。」ということ、言ったらしい。そったら、この北谷長老はねえ、自分でも、「坊主になる。」と言って、親たちをあれして、ほいで福島県のね、なんとかというお寺に修行してさ、何ヵ年か。ほでもう本当のその大和の坊さんになって、帰って来て、北谷でこのお寺を造ってね、坊さんになって、それが、南陽紹弘禅師という人なんだよ。

再生時間:6:39

民話詳細DATA

レコード番号 47O416203
CD番号 47O41C329
決定題名 赤犬子(共通語)
話者がつけた題名
話者名 津嘉山正弘
話者名かな つかやませいこう
生年月日 19260425
性別
出身地 嘉手納町野国
記録日 19940919
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 嘉手納T31A06
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 かでなの民話P257
キーワード ,楚辺暗井,楚辺の赤犬子,妊娠,三味線
梗概(こうがい) 楚辺暗井といってね、水汲む泉があるわけさあね。そういう所があって、とてもこの楚辺の赤犬子のお母さんはね、ミス楚辺というか、まあ、沖縄風で言えば、楚辺美ゅらーといってね、もう楚辺きっての美人だったそうだ。そしてもう村の青年たちはね、「誰があいつを妻にするか。」つってね、非常にもう間にさ、この赤犬子のお母さんは妊娠したらしい。そしたら、もう、「お前がやったのか、お前がやったのか。」と言ってもう青年たちはもう右往左往してね、「誰が射止めたかなあ。」と言ってやったらね、誰もいないわけさあね。したらもう全く父親は誰か知らないが妊娠していると言うことで、もう村中で騒ぎになってね、もう村一番の金持ちのせがれがね、力づくでもその自分のものにするというぐらいだったらしいから。で、とうとうその妊娠して、みんなで、あれしたら、誰もその娘と一緒に、妊娠さした人いないということでね、結局もう生まれて来たらね、もうそこにおれんでさ、その親は、父無し子を産んでるんだから、そしたらもうお婆さんに預けてね、この母親は、今、津堅の向かいにね、ウキバルという島があるんですよね。浮いた島、そこに逃げてってまあ、嫁いでいったんでしょうね。そうて、やったらもういわゆる父なしごみんなから言われたもんだから、結局三味線あれしてね、もう沖縄本島中、全部まわって歩きよったそうだ。そしたら、これの大家だからね、もう琉球古典の始祖といわれるあれだからね、そう北谷で、そこでね、子どもが道で、遊んでおったらしい。そしたら、この子どもに、「だ、いったー、おとーはどこいったかー、おかーはどこいったかー。」と言って、聞いたらね、「おかーはね、冬青草、夏がらがら採りに。」冬は青い草だがね、夏には枯れて、夏がらがらといって、もう枯れてしまうようなもの採りにと、これなにかというと、豆さあね、大豆。冬植えてもう葉っぱがついて青々としてるでしょう。夏にはこう全部収穫するから、葉っぱ落ちてもう実だけ残るわけさあね。で、「お父さんはね、なに、どこに行ったか。」ってったら、「ゆーるぬみー、夜の目を採りに行く。」と。それ何かといったらね、大きな松のね、根っこのほうにはトゥブシと言ってね、ここに松の油が集まっている箇所があるわけさあね、トゥブシと言ってね。これ採ってきてね、昔は電灯もない、石油もないから、これを燃やして、ランプ代わりにしよったわけさ。トゥブシを燃やして。あるいは、何かの動物の油なんか、燃やしよったはずだがね。ま、トゥブシでこう夜の明かりをするわけさあね。ゆーるぬみーと言って、夜の明かり目さ、それ採りにと言ったらしい。そったらこの赤犬子がねえ、「こらあ、出来る人になるぞ。」と言ってね、この子どもに言ったらしい。その言われた子どもというのが有名な沖縄で初めての坊さんになったね、南陽紹弘禅師と言ってね、北谷長老という人だったらしい。で、この北谷長老も結局、もう小さい、「この子は坊主をやったほうがよいだろう。」ということ、言ったらしい。そったら、この北谷長老はねえ、自分でも、「坊主になる。」と言って、親たちをあれして、ほいで福島県のね、なんとかというお寺に修行してさ、何ヵ年か。ほでもう本当のその大和の坊さんになって、帰って来て、北谷でこのお寺を造ってね、坊さんになって、それが、南陽紹弘禅師という人なんだよ。
全体の記録時間数 6:45
物語の時間数 6:39
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP