天川坂(シマグチ混)

概要

この天川坂の話は、山原から、「棒の先から手ぬいんじてぃわがぱにーい、いーばち、いーでぃっぷが来ねならん。」と言うて。山原から薩摩軍の兵隊が上がって来た。この兵隊が山原から上がった時はまだ比謝橋は架かっていなかった。天川坂がある時に、「薩摩軍の兵隊が山原から、天川坂に登って来たら、この沖縄の兵隊の武士達は、みんな死んでしまうから、ここに、石の側でお粥を炊いて、お粥と言うより米炊いて、この坂にこのお粥を流したら熱くて登って来れないだろう。」と思ったが、薩摩の兵隊達はお腹が空いていたので、お粥を救って食べてので、元気が出た。それでこの沖縄の兵隊の中にスパイがいて、屋良城へ、嘉手納の、天川の、今の中央公民館から、この辺から、薩摩の兵隊達を渡られた。「難儀はせずにここから行ける。」と。天川坂と言って、お粥を沖縄人の武士達、兵隊達が、兵隊ではないこの時は。政治家の人達が戦って、この坂にお粥を流してたら、登ってこれない、と言うふうに。それでみんな思って、お粥を流したがこれを食べて薩摩の兵隊達は元気になった。スパイに聞いて天川坂の方に回って、屋良城を攻めた。と言う話である。

再生時間:1:42

民話詳細DATA

レコード番号 47O416196
CD番号 47O41C328
決定題名 天川坂(シマグチ混)
話者がつけた題名
話者名 新垣景清
話者名かな あらかきけいせい
生年月日 19061126
性別
出身地 嘉手納町東
記録日 19940919
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 嘉手納T30B07
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 天川坂,薩摩軍の兵隊,お粥,屋良城
梗概(こうがい) この天川坂の話は、山原から、「棒の先から手ぬいんじてぃわがぱにーい、いーばち、いーでぃっぷが来ねならん。」と言うて。山原から薩摩軍の兵隊が上がって来た。この兵隊が山原から上がった時はまだ比謝橋は架かっていなかった。天川坂がある時に、「薩摩軍の兵隊が山原から、天川坂に登って来たら、この沖縄の兵隊の武士達は、みんな死んでしまうから、ここに、石の側でお粥を炊いて、お粥と言うより米炊いて、この坂にこのお粥を流したら熱くて登って来れないだろう。」と思ったが、薩摩の兵隊達はお腹が空いていたので、お粥を救って食べてので、元気が出た。それでこの沖縄の兵隊の中にスパイがいて、屋良城へ、嘉手納の、天川の、今の中央公民館から、この辺から、薩摩の兵隊達を渡られた。「難儀はせずにここから行ける。」と。天川坂と言って、お粥を沖縄人の武士達、兵隊達が、兵隊ではないこの時は。政治家の人達が戦って、この坂にお粥を流してたら、登ってこれない、と言うふうに。それでみんな思って、お粥を流したがこれを食べて薩摩の兵隊達は元気になった。スパイに聞いて天川坂の方に回って、屋良城を攻めた。と言う話である。
全体の記録時間数 1:49
物語の時間数 1:42
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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