豊見城系新垣門中(シマグチ混)

概要

私らの曾祖父は、長男も豊見城でいたが、貧乏なったからこっちに逃げて来て、ただ屋敷も何もない所に、何かきびって、そこに生活して、家を建て直してもうまともな人間になったわけなんだ。この人は、頭もいい人で、とっても偉かったっですよ。元は豊見城の村長だったですよ。そして、こっちに逃げて来たものは、昔の村長は地頭代言うんだから、その地頭代で、あっちこっちの貧乏人は、保証が入らないと、誰もムエーに入れないから、「俺お保証お願いします。」と言うたら、その大城と言う人は、地頭代でもあるし、頭もいいんだから、あっちの保証もこっちの保証も、いやとは言わんで全部の保証に入ってやった。あっちこっちの保証とは、これが何十人、百人ぐらい保証入った。村長でもあるんだから、保証が通りよったたんだ。昔の村長と言うものは、偉い資格もあれば、財産も相当持っとおったんだけれども、そのうち、ムエーで金が出せない人がたくさん出て、もう金は無いんだから、保証の分も出しきらんもんだから、マカーナー言う夫婦と相談して、「もうこっちにおったら御前が保証入ったんでない、うちが保証入ってうちの出す金は無いし、転々ぱちぱちと花を綿を作る道具を担いで、いっちょう山原の方に逃げて行くから、御前は、俺が保証と言う事をついてないやろうって言い逃れて、私が儲かって来るまでは、保栄茂に今屋敷も何あるんだから、そこにおって自分の生活と身を守る考えしなさいねえ。」って言ったら、その母さんも、お婆だから、はい言うて、その人は、夜の夜中に逃げて、こっちに来たわけなんだ。結局こっちで生活、したものが兄弟どうしは、みんな名前違っている。うちの祖父母の兄弟、それは、一番長男は、こっちに逃げて来て人と同じ大城で、それが大城政勇、それから二番目の腹が、女が違っているわけ。違った者が、景の入っている宮城。その二人は、こうして、これ大城長男、宮城は次男だって。これ三男の宮城と言う人は、子供はおらんで、四男の比嘉、と言う人からは養子が入って、これが次で、これ今、宮城と言っておる。そうして、次が金城。それから、うちらの六男ばらであったへーぶと言う人。それから、宮城真盛が、七番。そうしてそれだけの人間が、こっちで生んでみんなはやっぱし、うちらのお爺らの子供はもう体形もあるし、頭も昔の村長でもやる人間だから、相当悪い方でなかったんだろうな。たいがい所はもうこっちで今皆成功しているよ。こっちでこの大城と言う人が死んだとき、兄弟の一番上の大城と言う人が担いで行くのをうちらも覚えとる。誰ももう九十なる人は、うちらの親戚にあんまりおらんもんだから誰がも覚えておらんけどもうちらは、たいがい学校にちょっと上がった時期だから、二年ぐらいだったけど、みんなお金を少しずつやって遺骨入れる甕を買うて、交代交代で、島尻郡の保栄茂いう所、そっちまで担いで行ってあっち行って墓も造って入れて、今、こっちからみんなでお祭りをしておる。

再生時間:7:37

民話詳細DATA

レコード番号 47O416185
CD番号 47O41C327
決定題名 豊見城系新垣門中(シマグチ混)
話者がつけた題名
話者名 新垣景清
話者名かな あらかきけいせい
生年月日 19061126
性別
出身地 嘉手納町東
記録日 19940919
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 嘉手納T30A03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 民俗
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 豊見城の村長,保栄茂,大城長男,宮城は次男,三男の宮城,四男の比嘉,金城
梗概(こうがい) 私らの曾祖父は、長男も豊見城でいたが、貧乏なったからこっちに逃げて来て、ただ屋敷も何もない所に、何かきびって、そこに生活して、家を建て直してもうまともな人間になったわけなんだ。この人は、頭もいい人で、とっても偉かったっですよ。元は豊見城の村長だったですよ。そして、こっちに逃げて来たものは、昔の村長は地頭代言うんだから、その地頭代で、あっちこっちの貧乏人は、保証が入らないと、誰もムエーに入れないから、「俺お保証お願いします。」と言うたら、その大城と言う人は、地頭代でもあるし、頭もいいんだから、あっちの保証もこっちの保証も、いやとは言わんで全部の保証に入ってやった。あっちこっちの保証とは、これが何十人、百人ぐらい保証入った。村長でもあるんだから、保証が通りよったたんだ。昔の村長と言うものは、偉い資格もあれば、財産も相当持っとおったんだけれども、そのうち、ムエーで金が出せない人がたくさん出て、もう金は無いんだから、保証の分も出しきらんもんだから、マカーナー言う夫婦と相談して、「もうこっちにおったら御前が保証入ったんでない、うちが保証入ってうちの出す金は無いし、転々ぱちぱちと花を綿を作る道具を担いで、いっちょう山原の方に逃げて行くから、御前は、俺が保証と言う事をついてないやろうって言い逃れて、私が儲かって来るまでは、保栄茂に今屋敷も何あるんだから、そこにおって自分の生活と身を守る考えしなさいねえ。」って言ったら、その母さんも、お婆だから、はい言うて、その人は、夜の夜中に逃げて、こっちに来たわけなんだ。結局こっちで生活、したものが兄弟どうしは、みんな名前違っている。うちの祖父母の兄弟、それは、一番長男は、こっちに逃げて来て人と同じ大城で、それが大城政勇、それから二番目の腹が、女が違っているわけ。違った者が、景の入っている宮城。その二人は、こうして、これ大城長男、宮城は次男だって。これ三男の宮城と言う人は、子供はおらんで、四男の比嘉、と言う人からは養子が入って、これが次で、これ今、宮城と言っておる。そうして、次が金城。それから、うちらの六男ばらであったへーぶと言う人。それから、宮城真盛が、七番。そうしてそれだけの人間が、こっちで生んでみんなはやっぱし、うちらのお爺らの子供はもう体形もあるし、頭も昔の村長でもやる人間だから、相当悪い方でなかったんだろうな。たいがい所はもうこっちで今皆成功しているよ。こっちでこの大城と言う人が死んだとき、兄弟の一番上の大城と言う人が担いで行くのをうちらも覚えとる。誰ももう九十なる人は、うちらの親戚にあんまりおらんもんだから誰がも覚えておらんけどもうちらは、たいがい学校にちょっと上がった時期だから、二年ぐらいだったけど、みんなお金を少しずつやって遺骨入れる甕を買うて、交代交代で、島尻郡の保栄茂いう所、そっちまで担いで行ってあっち行って墓も造って入れて、今、こっちからみんなでお祭りをしておる。
全体の記録時間数 8:05
物語の時間数 7:37
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP