首里系亀島屋取(共通語)

概要

ああいう大きな井戸。水汲む井戸さ。あったけど、今この外人が埋めてからにその井戸の魂をね、今度は、兼久のビジュルーという所に持っていったって。最初の堀った人は分からんけど、大きな井戸だったよ。水いっぱいしていた。立派じゃなくて、石で積んで、セメンなんかしてなかった。石で、積まあ積まあしてさ。それもまたその井戸もさ、塩の関係で、今、うけさ満ち潮さあね、なんてと言うか。じゅくにちじゅう、大潮。その時は、水多く、たくさん溜めて、また引き潮の時は、ちょっと少なかった。真水だった。潮入らんよ。これは水の地層があるさあね。水という地層が土の中には。その地層を潮がこう寄せて、あっちから潮が満ちる時にはその地層をこう寄せて入るんだから、潮は入らんわけよ。寄せてたくさん水がこの穴開いた所に溜まるんだから。この地層は水と石、何とかかんとかあるいさ。その関係で、この水が減ったり、多くなったりしよったわけ。兼久の字の人がさ。これを粗末にしてはいけないからということで、今向こうのビジュルの前に二つ移してある。一つはその、そのあの廃藩時代に掘った井戸、一つはまたね、亀島小屋取という、部落があったわけよ。この土地の名前で、亀島という人が多かったから、亀島小屋取という部落があったわけよ。その人が最初に掘った井戸って。それも移してある。これが、二番にできた井戸って。亀島という名前だけでね、よその名前は山入端と古謝の二つしか書いてなかった。この三つしか入ってなかった。亀島小屋取の名前は、この亀島という人が最初にこっち来て、子孫を増やした部落であるわけ。そしてまたよそからも入って来てから、古謝という所からも入るし、山入端私達の方が入った氏という。世の中には、士族、平民ってあるさ。うちらは士族さ。平民というこの部落は、ずっと昔からこの土地の人であった。亀島小屋取は、士族だから多分、首里からこっちに移って来たんじゃない。鹿児島にさ、島津という何とかあれがいたさーね。あの人が沖縄に攻めたさ。そして、沖縄は戦はできないって降参したさ。そして、もう海関の勘定務めはなくなって、「働いて食べなさい。農業して食べなさい。」ということで、部落にみんな寄越されてさあ。山原から沖縄全部に、田舎にみんな寄越されたわけ。そして、その侍達は、今までは、上納のお米とか食べて、焼き豆腐持って来ているの食べているから、表見ながらね、豆を作って働いてみたことないさ。自分で働いて食べなさいということになっているから、働いて食べるのとっても泣いたってよ。主婦なんかさ、働けないで、村の人にね、恵んで下さいって、物乞いまでしたっていう話もある。厳しかったって。兼久には、元家てもない。拝所もない。屋良というのは、平民でわけ。屋良みたいにさあ、こっちは屋取部落だから、ビジュルだけで大昔からの拝所という所はない。元家てもない。何でないかと言えばこれは、廃藩時代の罪から追われて来ているから、みんな同し、戦の人だから、元家ってもない。また拝所と言ってもビジュルというその念願するために造ったこれしかない。

再生時間:5:01

民話詳細DATA

レコード番号 47O416165
CD番号 47O41C326
決定題名 首里系亀島屋取(共通語)
話者がつけた題名
話者名 山入端ウト
話者名かな やまのはうと
生年月日 19180308
性別
出身地 嘉手納町兼久
記録日 19940223
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 嘉手納T29A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 かでなの民話P20
キーワード 大きな井戸,ビジュルー,亀島小屋取,屋良屋取
梗概(こうがい) ああいう大きな井戸。水汲む井戸さ。あったけど、今この外人が埋めてからにその井戸の魂をね、今度は、兼久のビジュルーという所に持っていったって。最初の堀った人は分からんけど、大きな井戸だったよ。水いっぱいしていた。立派じゃなくて、石で積んで、セメンなんかしてなかった。石で、積まあ積まあしてさ。それもまたその井戸もさ、塩の関係で、今、うけさ満ち潮さあね、なんてと言うか。じゅくにちじゅう、大潮。その時は、水多く、たくさん溜めて、また引き潮の時は、ちょっと少なかった。真水だった。潮入らんよ。これは水の地層があるさあね。水という地層が土の中には。その地層を潮がこう寄せて、あっちから潮が満ちる時にはその地層をこう寄せて入るんだから、潮は入らんわけよ。寄せてたくさん水がこの穴開いた所に溜まるんだから。この地層は水と石、何とかかんとかあるいさ。その関係で、この水が減ったり、多くなったりしよったわけ。兼久の字の人がさ。これを粗末にしてはいけないからということで、今向こうのビジュルの前に二つ移してある。一つはその、そのあの廃藩時代に掘った井戸、一つはまたね、亀島小屋取という、部落があったわけよ。この土地の名前で、亀島という人が多かったから、亀島小屋取という部落があったわけよ。その人が最初に掘った井戸って。それも移してある。これが、二番にできた井戸って。亀島という名前だけでね、よその名前は山入端と古謝の二つしか書いてなかった。この三つしか入ってなかった。亀島小屋取の名前は、この亀島という人が最初にこっち来て、子孫を増やした部落であるわけ。そしてまたよそからも入って来てから、古謝という所からも入るし、山入端私達の方が入った氏という。世の中には、士族、平民ってあるさ。うちらは士族さ。平民というこの部落は、ずっと昔からこの土地の人であった。亀島小屋取は、士族だから多分、首里からこっちに移って来たんじゃない。鹿児島にさ、島津という何とかあれがいたさーね。あの人が沖縄に攻めたさ。そして、沖縄は戦はできないって降参したさ。そして、もう海関の勘定務めはなくなって、「働いて食べなさい。農業して食べなさい。」ということで、部落にみんな寄越されてさあ。山原から沖縄全部に、田舎にみんな寄越されたわけ。そして、その侍達は、今までは、上納のお米とか食べて、焼き豆腐持って来ているの食べているから、表見ながらね、豆を作って働いてみたことないさ。自分で働いて食べなさいということになっているから、働いて食べるのとっても泣いたってよ。主婦なんかさ、働けないで、村の人にね、恵んで下さいって、物乞いまでしたっていう話もある。厳しかったって。兼久には、元家てもない。拝所もない。屋良というのは、平民でわけ。屋良みたいにさあ、こっちは屋取部落だから、ビジュルだけで大昔からの拝所という所はない。元家てもない。何でないかと言えばこれは、廃藩時代の罪から追われて来ているから、みんな同し、戦の人だから、元家ってもない。また拝所と言ってもビジュルというその念願するために造ったこれしかない。
全体の記録時間数 5:41
物語の時間数 5:01
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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