屋良ムルチ(シマグチ)

概要

漏池は、屋良村と越来間切、宇久田との境にある。義本王の時代に、木が鬱蒼と生い茂った所に、池と言ったら方言ではクムイと言う。漏池と言ったら池であるが、その漏池は、元々比謝川に流れて行っている水の水源であるが、うちの親父、先輩から聞いた話では、ここの漏池には大蛇がいて、この大蛇が時々現れて隣の畑まで荒らして、所々全部食べてしまった。屋良村人達はこんなことをするのは、人の子がいると思って色々考がえたが、池の底に何かあるんじゃないかと。今度この、ここから出て来て作った農作物を何でもかんでも荒らしていた。昔の人は、灰を撒いて、灰を撒いていたら、大蛇が上がって来て、それでこの灰の毒で死んでしまうはず、という考えであったが、この考えとは逆にまた、この大蛇は、暴風大洪水を起こし、また七つヒャーーなども起こして、雨降らさなかった。これではいけないと言って、義本王に、相談したら、「これではいけない。これではいけない。これは神の、お告げであるはずだから。」と言って、この大蛇に、こんな災害を起こさせてはいけない、と考え、色々議論して、これは人間が、この大蛇の生贄になって犠牲になるしかないと考えたが、「じゃあ、この犠牲なる人は誰がなるか。屋良村にはいるのか。」と言ったのでみんな、「じゃあ、だめだ。」と言ったので、宜野湾間切から、「では、褒美があるのなら私達の娘が犠牲になってもいい。」と。それでこの、宜野湾の女が助けるために、「家を助けるためなら。」と、犠牲になって、それでこの漏池に行った。だがこのこの場所に行ったら今度は、大暴風が起きたのでこの大蛇もこの幼女に襲い掛かろうとしたがこれもとうとう出来なくて、この幼女命も助かった。そうしてこのまた大暴風が起こった。そいうった話を聞かされているが、しかし屋良村としてはこの後からどうしたかと言うと、屋良村は毎年、年一回、漏池の御願が行われて、字の人達が、昔は義本王の時代には、人間が犠牲になっていたが、今度は、豚一頭を持って来て、この池に投げてそれで拝みをしていた。それが何年か続いたそうだがまた、これではいけないと言うことで、今度は鶏を捨てた。だがまたこれでもいけないと言うことで、今では卵を持って行って、この池に投げ込んで御願をする。昔の子の漏池の御願と言って今でも続けている。そうしてそれがまた旱魃、日照りが続いた時には、この漏池へ行って、みんな集まって、雨が降るように祈る。また、子供達への念願の御願をして、また部落に戻ってみんな集まって、雨が降るようにと念願したという、そんな話を覚えがあるが、しかし色々、研究してる人達にはいろんな面もあると思うんだが。とにかく大蛇がいたと言うことはみんな言ってる。

再生時間:6:29

民話詳細DATA

レコード番号 47O416133
CD番号 47O41C325
決定題名 屋良ムルチ(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 伊波剛
話者名かな いはつよし
生年月日 19150105
性別
出身地 嘉手納町屋良
記録日 19940222
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 嘉手納T26A02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 本格昔話
発句(ほっく)
伝承事情 親父、先輩から聞いた話。
文字化資料 かでなの民話P47
キーワード 漏池,大蛇,作物,灰,暴風大洪水,生贄,宜野湾の女,
梗概(こうがい) 漏池は、屋良村と越来間切、宇久田との境にある。義本王の時代に、木が鬱蒼と生い茂った所に、池と言ったら方言ではクムイと言う。漏池と言ったら池であるが、その漏池は、元々比謝川に流れて行っている水の水源であるが、うちの親父、先輩から聞いた話では、ここの漏池には大蛇がいて、この大蛇が時々現れて隣の畑まで荒らして、所々全部食べてしまった。屋良村人達はこんなことをするのは、人の子がいると思って色々考がえたが、池の底に何かあるんじゃないかと。今度この、ここから出て来て作った農作物を何でもかんでも荒らしていた。昔の人は、灰を撒いて、灰を撒いていたら、大蛇が上がって来て、それでこの灰の毒で死んでしまうはず、という考えであったが、この考えとは逆にまた、この大蛇は、暴風大洪水を起こし、また七つヒャーーなども起こして、雨降らさなかった。これではいけないと言って、義本王に、相談したら、「これではいけない。これではいけない。これは神の、お告げであるはずだから。」と言って、この大蛇に、こんな災害を起こさせてはいけない、と考え、色々議論して、これは人間が、この大蛇の生贄になって犠牲になるしかないと考えたが、「じゃあ、この犠牲なる人は誰がなるか。屋良村にはいるのか。」と言ったのでみんな、「じゃあ、だめだ。」と言ったので、宜野湾間切から、「では、褒美があるのなら私達の娘が犠牲になってもいい。」と。それでこの、宜野湾の女が助けるために、「家を助けるためなら。」と、犠牲になって、それでこの漏池に行った。だがこのこの場所に行ったら今度は、大暴風が起きたのでこの大蛇もこの幼女に襲い掛かろうとしたがこれもとうとう出来なくて、この幼女命も助かった。そうしてこのまた大暴風が起こった。そいうった話を聞かされているが、しかし屋良村としてはこの後からどうしたかと言うと、屋良村は毎年、年一回、漏池の御願が行われて、字の人達が、昔は義本王の時代には、人間が犠牲になっていたが、今度は、豚一頭を持って来て、この池に投げてそれで拝みをしていた。それが何年か続いたそうだがまた、これではいけないと言うことで、今度は鶏を捨てた。だがまたこれでもいけないと言うことで、今では卵を持って行って、この池に投げ込んで御願をする。昔の子の漏池の御願と言って今でも続けている。そうしてそれがまた旱魃、日照りが続いた時には、この漏池へ行って、みんな集まって、雨が降るように祈る。また、子供達への念願の御願をして、また部落に戻ってみんな集まって、雨が降るようにと念願したという、そんな話を覚えがあるが、しかし色々、研究してる人達にはいろんな面もあると思うんだが。とにかく大蛇がいたと言うことはみんな言ってる。
全体の記録時間数 6:46
物語の時間数 6:29
言語識別 混在
音源の質
テープ番号
予備項目1

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