イスツ御嶽由来(共通語)

概要

父親が沖縄本島へ貢納船で出かけた後、二人の子どもは父親からもらったおもちゃの舟で毎日遊んでいた。ある日いつものように浜辺へ出て遊んでいると、船が風に吹かれて沖の方へ流されたので、子供達はそれを追いかけ、溺れて死んでしまった。父親はなはに着いた時、その港に、子どもに上げたはずの舟を見つけ、舟がまた沖へでたのを追いかけて宮古に戻った。二人の子どもは失ったが、おもちゃの舟は無事に沖縄と宮古の間を往来したので、父親は舟に赤い糸を結んで祭ったことから御嶽ができた。赤い糸を使ったので、平家との関連もあげられる。仲間御嶽というのがあるが、それは仲間元の人が御願をする時に、仲間御嶽からイスツへの通しの拝所として設けられている。だから仲間御嶽とイスツ御嶽は対である。昔の貢納船は沖縄へ向かう前に必ずイスツ御嶽を参拝し、意思に赤い糸を結んで船の魂として積んで沖縄に向かったという。だからここは航海安全の神として祀られている。

民話詳細DATA

レコード番号 47O233714
CD番号 47O23C189
決定題名 イスツ御嶽由来(共通語)
話者がつけた題名
話者名 平良新亮
話者名かな たいらしんりょう
生年月日 19190424
性別
出身地 平良市字狩俣
記録日 19970315
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 平良T113A21
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 貢納船,仲間御嶽,イスツ御嶽,航海安全,
梗概(こうがい) 父親が沖縄本島へ貢納船で出かけた後、二人の子どもは父親からもらったおもちゃの舟で毎日遊んでいた。ある日いつものように浜辺へ出て遊んでいると、船が風に吹かれて沖の方へ流されたので、子供達はそれを追いかけ、溺れて死んでしまった。父親はなはに着いた時、その港に、子どもに上げたはずの舟を見つけ、舟がまた沖へでたのを追いかけて宮古に戻った。二人の子どもは失ったが、おもちゃの舟は無事に沖縄と宮古の間を往来したので、父親は舟に赤い糸を結んで祭ったことから御嶽ができた。赤い糸を使ったので、平家との関連もあげられる。仲間御嶽というのがあるが、それは仲間元の人が御願をする時に、仲間御嶽からイスツへの通しの拝所として設けられている。だから仲間御嶽とイスツ御嶽は対である。昔の貢納船は沖縄へ向かう前に必ずイスツ御嶽を参拝し、意思に赤い糸を結んで船の魂として積んで沖縄に向かったという。だからここは航海安全の神として祀られている。
全体の記録時間数 3:11
物語の時間数
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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