与那国鬼虎の娘(共通語)

概要

貯水地にスデ山という部落があって、そこの当直の人が眠れないと言った。だから隣の屋敷に拝所を作り、そこに拝めといわれた。また、「その山の道を歩く時、八重山の歌を歌ってはいけない。歌ったらマジムンが連れて行けと言ってついて来る」と言う。なぜ歌ってはいけないかと言うと、15世紀の話である。仲宗根豊見親の時代に、石垣のオヤケアカハチを征伐し、次の与那国の鬼虎を征伐に行った。その時2号との間に二人の男の子ができた。兄の金志川金盛と弟の那喜龍が仲宗根の落とし種である。仲宗根はその二人を連れて鬼虎征伐を行なった。鬼虎は狩俣の生まれで、幼い頃身売りされて与那国へ。6尺もの素晴らしい体格に成長したが、盗みや強姦など悪いことの全てをやったため、尚真王から征伐の命令が下った。尚真王に捧げた刀を借りて、仲宗根は鬼虎を切って退治した。鬼虎の娘を宮古に連れて帰った。連れてくると久松生まれの仲宗根の妻が娘をいじめた。パサマという浜に底なしの桶を置き、「この桶に水が溜まれば与那国へ帰す」と言い、娘は泣く泣くおり川の水を汲んできて入れるが溜まらない。これを見かねた近所の人々が、その桶を直すと水が溜まるようになった。「いっぱいになったら帰して」と言うと許されたが、浜に来る船に乗せてt頼むと、「女を乗せる船ではない」と断わられた。さまよい歩いているとスダ山の丘たどり着く。そこの木に登り生まれ島を探すが、泣き疲れて木から落ち、最後を遂げる。そこに葬られ、その後に貯水場を作った。当直の人が眠れないのは、その娘の祟りではないだろうか。

再生時間:21:06

民話詳細DATA

レコード番号 47O233545
CD番号 47O23C178
決定題名 与那国鬼虎の娘(共通語)
話者がつけた題名
話者名 羽地栄
話者名かな はねじさかい
生年月日 19130301
性別
出身地 平良市 
記録日 19960903
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 平良T77A05
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 鬼虎の娘,仲宗根豊見親,尚真王
梗概(こうがい) 貯水地にスデ山という部落があって、そこの当直の人が眠れないと言った。だから隣の屋敷に拝所を作り、そこに拝めといわれた。また、「その山の道を歩く時、八重山の歌を歌ってはいけない。歌ったらマジムンが連れて行けと言ってついて来る」と言う。なぜ歌ってはいけないかと言うと、15世紀の話である。仲宗根豊見親の時代に、石垣のオヤケアカハチを征伐し、次の与那国の鬼虎を征伐に行った。その時2号との間に二人の男の子ができた。兄の金志川金盛と弟の那喜龍が仲宗根の落とし種である。仲宗根はその二人を連れて鬼虎征伐を行なった。鬼虎は狩俣の生まれで、幼い頃身売りされて与那国へ。6尺もの素晴らしい体格に成長したが、盗みや強姦など悪いことの全てをやったため、尚真王から征伐の命令が下った。尚真王に捧げた刀を借りて、仲宗根は鬼虎を切って退治した。鬼虎の娘を宮古に連れて帰った。連れてくると久松生まれの仲宗根の妻が娘をいじめた。パサマという浜に底なしの桶を置き、「この桶に水が溜まれば与那国へ帰す」と言い、娘は泣く泣くおり川の水を汲んできて入れるが溜まらない。これを見かねた近所の人々が、その桶を直すと水が溜まるようになった。「いっぱいになったら帰して」と言うと許されたが、浜に来る船に乗せてt頼むと、「女を乗せる船ではない」と断わられた。さまよい歩いているとスダ山の丘たどり着く。そこの木に登り生まれ島を探すが、泣き疲れて木から落ち、最後を遂げる。そこに葬られ、その後に貯水場を作った。当直の人が眠れないのは、その娘の祟りではないだろうか。
全体の記録時間数 21:06
物語の時間数 21:06
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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