人魚と津波(共通語)

概要

ある人が仕事から帰って休んでいると、津波が来ると外で騒いでいた。高い所へ避難したため助かった。1661年、八重山で大きな津波があり、八重山では9千人余りの人が亡くなった。多良間には35尺ほどの波が上がり、水納島は畑も全部流された。池間の人は17名死亡して、宮古では2000名余りが行方不明になった。その津波の時に、人魚が打ち上げられてきた。人間はその人魚を養うために一苦労した。(人魚は魚を食べるため大変だった)。昔は島の近くで網を入れると人魚がかかった。その人魚は首から下は魚で、頭は人間に似ていた。そのため食べるのが怖いので、食べることはできなかった。でも、中には食べる人もいた。

再生時間:10:55

民話詳細DATA

レコード番号 47O233360
CD番号 47O23C164
決定題名 人魚と津波(共通語)
話者がつけた題名
話者名 前泊徳正
話者名かな まえどまりとくせい
生年月日 19100319
性別
出身地 平良市池間
記録日 19960225
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 平良T42B01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 本格昔話、 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 平良市北部の民話H8卒論P144
キーワード 人魚,津波,八重山,多良間
梗概(こうがい) ある人が仕事から帰って休んでいると、津波が来ると外で騒いでいた。高い所へ避難したため助かった。1661年、八重山で大きな津波があり、八重山では9千人余りの人が亡くなった。多良間には35尺ほどの波が上がり、水納島は畑も全部流された。池間の人は17名死亡して、宮古では2000名余りが行方不明になった。その津波の時に、人魚が打ち上げられてきた。人間はその人魚を養うために一苦労した。(人魚は魚を食べるため大変だった)。昔は島の近くで網を入れると人魚がかかった。その人魚は首から下は魚で、頭は人間に似ていた。そのため食べるのが怖いので、食べることはできなかった。でも、中には食べる人もいた。
全体の記録時間数 10:55
物語の時間数 10:55
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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