現在の部落のずっと北の方に、根間の主と四島の主の屋敷があった。その付近から狩俣部落が始まった。まだ部落が発展していなかったので、祖先や親戚などを集めて増やしていった。根間の主と四島の主の屋敷があった所が元の部落で、そこで広がっていき、2回目には、今の中里といわれるところに広がった。そして、3回目には、養護学校の所、南の浜へと広がっていった。四島の主は偉い人で、部落の発展のために、平良まで行かなければならないけれど、休みの日などに休憩所を造った。これは、部落の人が畑仕事をして荷物を運ぶ時に、道のりが長いから、途中で休憩して水も飲めるようにと造ったものである。四島の主が造った休憩所と井戸は、野田部落の方まで4ヶ所くらいある。学校の前の方にある井戸は、保管しておかなければならないということで、蓋をしておいてある。その四島の主は偉い人だということで、八重山の人々から呼ばれた。歌にもあるが、四島の主は筆で偉くなったといって八重山の人に呼ばれたが、どういうことかと思案していたが、偉いということで呼んだという理由を聞いた。八重山では若い女の人を嫁にして、船を造って宮古に帰ってきたそうだ。これは八重山の人が四島の主のために歌を作ったもので、またお嫁さんも探してあげたという。狩俣でも四島の主の着ていた着物や刀を保管している。根間の主は、伊良部島の人とつながりがあるらしい。それで子孫は伊良部という名をもらっている。狩俣に伊良部という名字のある家は2軒しかないので、その人たちも子孫だろう。
| レコード番号 | 47O233295 |
|---|---|
| CD番号 | 47O23C159 |
| 決定題名 | 狩俣の始まり(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 久貝キヨ |
| 話者名かな | くがいきよ |
| 生年月日 | 19210420 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 平良市狩俣 |
| 記録日 | 19960225 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 平良T35A01 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 平良市北部の民話H8卒論P30 |
| キーワード | 四島の主,井戸,休憩所,筆 |
| 梗概(こうがい) | 現在の部落のずっと北の方に、根間の主と四島の主の屋敷があった。その付近から狩俣部落が始まった。まだ部落が発展していなかったので、祖先や親戚などを集めて増やしていった。根間の主と四島の主の屋敷があった所が元の部落で、そこで広がっていき、2回目には、今の中里といわれるところに広がった。そして、3回目には、養護学校の所、南の浜へと広がっていった。四島の主は偉い人で、部落の発展のために、平良まで行かなければならないけれど、休みの日などに休憩所を造った。これは、部落の人が畑仕事をして荷物を運ぶ時に、道のりが長いから、途中で休憩して水も飲めるようにと造ったものである。四島の主が造った休憩所と井戸は、野田部落の方まで4ヶ所くらいある。学校の前の方にある井戸は、保管しておかなければならないということで、蓋をしておいてある。その四島の主は偉い人だということで、八重山の人々から呼ばれた。歌にもあるが、四島の主は筆で偉くなったといって八重山の人に呼ばれたが、どういうことかと思案していたが、偉いということで呼んだという理由を聞いた。八重山では若い女の人を嫁にして、船を造って宮古に帰ってきたそうだ。これは八重山の人が四島の主のために歌を作ったもので、またお嫁さんも探してあげたという。狩俣でも四島の主の着ていた着物や刀を保管している。根間の主は、伊良部島の人とつながりがあるらしい。それで子孫は伊良部という名をもらっている。狩俣に伊良部という名字のある家は2軒しかないので、その人たちも子孫だろう。 |
| 全体の記録時間数 | 7:56 |
| 物語の時間数 | 7:56 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |