昔いたシンニンボージャーの話ですが‥‥。シンニンボージャーという人は、泥棒をするので、あっち、こっちの村からきらわれていた。洞窟(ごー)から洞窟(ごー)へ移り住み、食べ物を盗んできては、洞窟で煮て食べたりしていた。どこの出身かわからないが、西の方から追われて、伊波に逃げこみそこで住んでいたようなんですが。伊波の村の農作物を、今日はどこのもの、今日はどこのものというふうに、いつもあちこちと芋を堀ったり、野菜を取っては煮て食べたりしていた。すると、伊波の人は、こんな、やっかいな者がここにきてしまっているが、どうにかして、追い出す方法を考えないといけないなと思って、村人で戸主会をもち、戸主会で、さあこれはどうしたもんか、追い出そうにも、出て行かないのなら、さし殺そうかということになった。そして、村での吟味で、さあ、それなら、竹ヤリを作って、こいつをつきさして殺してやろうということになって。みんなも、「それはいい。そういうやつが、ここに住んでいると、作物を作っても、食べることができず、大変なことになる。」と、竹ヤリを作ってやっつけることに決まった。それに、このシンニンボージャーも、そういうことは聞いているので、あっちこっち行ったりして逃げまわっていたが、皆に追われてしまいには染屋をしている家へ逃げこみ、そこのごみの中へもぐりこんで隠れていた。染屋のお爺さんは、縄を編んでいたらしく、追いかけてきた人が、「ねえ染屋のじいさん、ここヘシンニンボージャーが入って行くようだったが、見なかったか。」と聞いた。一つの村の人たち多勢の人に、そう聞かれたものだから、お爺さんは、隠そうにも、隠すことができなくて、「そこヘ、もぐり込んで行くようだったが、そこにいないかねえ。」というと、「みんな、みんな、ここだよ。ここにいるよ。」と知らせた。火事の時のように大声でさけぶと皆、そこにかけ集まってきた。そこから、今の東の方にある森だが、そこヘ、さあ、あそこへ逃げて行けば、命は助かるだろうと思って、そこへ逃げて行った。森の奥の方に逃げ込んだが、下からドンと、大勢の人が、村中の人が竹ヤリでつきさしてきたので、男の大切なとこにつきささった。とつぜんさされたので、「ああ、これはもうこうしていては大変だ。」としまいには、ヒョロヒョロしながら、下へ落ちてしまった。「さあ、今のうちだ。早くつかまえろ。」といって、つかまえて、すぐ、ひきずりまわして、「さあこいつは、洞窟の前へ連れて行き、洞窟から落して、すぐ殺さないといけない。こいつを生かしておくと大変なことになる。」と、皆でワイワイ洞窟の前に連れて行き、殺して、洞窟の中へ放り投げた。葬ることもしないで、そこへ、そのまま放り込んだ。マンクニーというところの家は、誰かが亡くなって、悔やみどころになっていたので、皆と一緒に、そのシンニンボージャーをいましめることはしなかった。それでシンニンボージャーが死ぬ時に、「染屋の家は、衰えていきますように、そして、マンク二ーの家は栄えますように。」と、そういうふうに祈りながら、死んだようです。それで、シンニンボージャーはそういう死に方をしたので化けて出るようになったのかもしれないが。昔、砂糖を作る時に、砂糖がくずれるようなことがあったら、「シンニンボージャーがなめたから、そうなったんだ。」というふうに、自分らが子どもの頃にはいわれていた。砂糖を作る時はね、砂糖屋の門から、カマの前までフーを結んで立ててないと、砂糖がくずれるという話でございました。そういうことがもとで、今日までいわれるようになったのは、「火事だよというのはまっ先にいっていいが、泥棒だよということは人より先にいってはいけない。」それで、このシンニンボージャーを、あのまま放っておくと、伊波にたたりがおこるだろうと、「こんなにしていてはいけない。ちゃんと葬って、みんなで崇めないといけないだろう。」と。今は安富屋というところに立派に崇められているがそれにしても、シンニンボージャーという人が、どこの人であられるかはわからないけれど、立派に崇められているようでございます。
| レコード番号 | 47O412926 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C117 |
| 決定題名 | シンニンボージャー(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 伊波澄 |
| 話者名かな | いはすみ |
| 生年月日 | 19150226 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 石川市伊波 |
| 記録日 | 19820803 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石川市T32B02 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 祖父母から聞いた。 |
| 文字化資料 | いしかわの民話伝説編P134 |
| キーワード | シンニンボージャー,泥棒,さし殺す,染屋のお爺さん,マンク二ーの家 |
| 梗概(こうがい) | 昔いたシンニンボージャーの話ですが‥‥。シンニンボージャーという人は、泥棒をするので、あっち、こっちの村からきらわれていた。洞窟(ごー)から洞窟(ごー)へ移り住み、食べ物を盗んできては、洞窟で煮て食べたりしていた。どこの出身かわからないが、西の方から追われて、伊波に逃げこみそこで住んでいたようなんですが。伊波の村の農作物を、今日はどこのもの、今日はどこのものというふうに、いつもあちこちと芋を堀ったり、野菜を取っては煮て食べたりしていた。すると、伊波の人は、こんな、やっかいな者がここにきてしまっているが、どうにかして、追い出す方法を考えないといけないなと思って、村人で戸主会をもち、戸主会で、さあこれはどうしたもんか、追い出そうにも、出て行かないのなら、さし殺そうかということになった。そして、村での吟味で、さあ、それなら、竹ヤリを作って、こいつをつきさして殺してやろうということになって。みんなも、「それはいい。そういうやつが、ここに住んでいると、作物を作っても、食べることができず、大変なことになる。」と、竹ヤリを作ってやっつけることに決まった。それに、このシンニンボージャーも、そういうことは聞いているので、あっちこっち行ったりして逃げまわっていたが、皆に追われてしまいには染屋をしている家へ逃げこみ、そこのごみの中へもぐりこんで隠れていた。染屋のお爺さんは、縄を編んでいたらしく、追いかけてきた人が、「ねえ染屋のじいさん、ここヘシンニンボージャーが入って行くようだったが、見なかったか。」と聞いた。一つの村の人たち多勢の人に、そう聞かれたものだから、お爺さんは、隠そうにも、隠すことができなくて、「そこヘ、もぐり込んで行くようだったが、そこにいないかねえ。」というと、「みんな、みんな、ここだよ。ここにいるよ。」と知らせた。火事の時のように大声でさけぶと皆、そこにかけ集まってきた。そこから、今の東の方にある森だが、そこヘ、さあ、あそこへ逃げて行けば、命は助かるだろうと思って、そこへ逃げて行った。森の奥の方に逃げ込んだが、下からドンと、大勢の人が、村中の人が竹ヤリでつきさしてきたので、男の大切なとこにつきささった。とつぜんさされたので、「ああ、これはもうこうしていては大変だ。」としまいには、ヒョロヒョロしながら、下へ落ちてしまった。「さあ、今のうちだ。早くつかまえろ。」といって、つかまえて、すぐ、ひきずりまわして、「さあこいつは、洞窟の前へ連れて行き、洞窟から落して、すぐ殺さないといけない。こいつを生かしておくと大変なことになる。」と、皆でワイワイ洞窟の前に連れて行き、殺して、洞窟の中へ放り投げた。葬ることもしないで、そこへ、そのまま放り込んだ。マンクニーというところの家は、誰かが亡くなって、悔やみどころになっていたので、皆と一緒に、そのシンニンボージャーをいましめることはしなかった。それでシンニンボージャーが死ぬ時に、「染屋の家は、衰えていきますように、そして、マンク二ーの家は栄えますように。」と、そういうふうに祈りながら、死んだようです。それで、シンニンボージャーはそういう死に方をしたので化けて出るようになったのかもしれないが。昔、砂糖を作る時に、砂糖がくずれるようなことがあったら、「シンニンボージャーがなめたから、そうなったんだ。」というふうに、自分らが子どもの頃にはいわれていた。砂糖を作る時はね、砂糖屋の門から、カマの前までフーを結んで立ててないと、砂糖がくずれるという話でございました。そういうことがもとで、今日までいわれるようになったのは、「火事だよというのはまっ先にいっていいが、泥棒だよということは人より先にいってはいけない。」それで、このシンニンボージャーを、あのまま放っておくと、伊波にたたりがおこるだろうと、「こんなにしていてはいけない。ちゃんと葬って、みんなで崇めないといけないだろう。」と。今は安富屋というところに立派に崇められているがそれにしても、シンニンボージャーという人が、どこの人であられるかはわからないけれど、立派に崇められているようでございます。 |
| 全体の記録時間数 | 5:46 |
| 物語の時間数 | - |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |