東恩納の当の黄金の由来はなあ、東恩納のもうこれは、ずっと昔のことなんだけどな。東恩納の当の家は貧乏だったんだって。そうしたら、そこの長男が親孝行な子で、大金持ちの家へ下男として働きに行っていたんだって。そこで、夕飯にご飯とか肉とか、おいしいのが出ると、自分はそれを半分だけ食べて、半分は包んで、毎日家へ持って帰っていたって、親にあげようと思って。ある大晦日の晩だったのかなあ。東恩納の方に坂があるでしょう。オーギーと呼ばれている坂が。あの坂のところでとか、また普天間でとかいう話もあるんだが。とにかく、仕事から帰りの道の途中で、棺箱を担いでいる年寄りと出会った。その年寄りは棺箱をとても重たそうに持っていたんだな。そうしたら、「手伝ってくれないか。一緒に持ってくれないか。」と。そして、その坂道を二人で持ってのぼり、途中で休んでな、「実は、これは私の孫が死んだので、生まれ島に持っていくところだがな。今しばらくはここで休もうねえ。」とそこで休んでいた。すると、この若者に棺箱を預けてな、そうして、年寄りはどこへ行ったのか、いなくなってしまった。それで仕方がないので、当の若者は、それを自分の家まで持って行ってな。大層重たかったらしく、「ああ、これは孫でまだ小さいといっていたのに、どうしてこんなに重いのかな。まずは開けてみよう。」と思って、開けて見るとな、黄金がたくさん入っていたんだと。その棺箱の中に。それで、棺箱には宝物というらしいがな。本当にな、その当には戦前までよ、相当の小判が残っていたよ。小判、一両小判が。現在一枚だけ残っておる。そう話しを聞いてみるとな、三十四、五枚あったという話なんだが‥‥。
| レコード番号 | 47O412889 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C115 |
| 決定題名 | 東恩納当の黄金(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 伊波信光 |
| 話者名かな | いはしんこう |
| 生年月日 | 19010221 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 石川市伊波 |
| 記録日 | 19820803 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石川市T31A10 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | いしかわの民話伝説編P322 |
| キーワード | 東恩納の当,黄金,貧乏,長男が親孝行,下男,大晦日の晩,棺箱,年寄り |
| 梗概(こうがい) | 東恩納の当の黄金の由来はなあ、東恩納のもうこれは、ずっと昔のことなんだけどな。東恩納の当の家は貧乏だったんだって。そうしたら、そこの長男が親孝行な子で、大金持ちの家へ下男として働きに行っていたんだって。そこで、夕飯にご飯とか肉とか、おいしいのが出ると、自分はそれを半分だけ食べて、半分は包んで、毎日家へ持って帰っていたって、親にあげようと思って。ある大晦日の晩だったのかなあ。東恩納の方に坂があるでしょう。オーギーと呼ばれている坂が。あの坂のところでとか、また普天間でとかいう話もあるんだが。とにかく、仕事から帰りの道の途中で、棺箱を担いでいる年寄りと出会った。その年寄りは棺箱をとても重たそうに持っていたんだな。そうしたら、「手伝ってくれないか。一緒に持ってくれないか。」と。そして、その坂道を二人で持ってのぼり、途中で休んでな、「実は、これは私の孫が死んだので、生まれ島に持っていくところだがな。今しばらくはここで休もうねえ。」とそこで休んでいた。すると、この若者に棺箱を預けてな、そうして、年寄りはどこへ行ったのか、いなくなってしまった。それで仕方がないので、当の若者は、それを自分の家まで持って行ってな。大層重たかったらしく、「ああ、これは孫でまだ小さいといっていたのに、どうしてこんなに重いのかな。まずは開けてみよう。」と思って、開けて見るとな、黄金がたくさん入っていたんだと。その棺箱の中に。それで、棺箱には宝物というらしいがな。本当にな、その当には戦前までよ、相当の小判が残っていたよ。小判、一両小判が。現在一枚だけ残っておる。そう話しを聞いてみるとな、三十四、五枚あったという話なんだが‥‥。 |
| 全体の記録時間数 | 3:42 |
| 物語の時間数 | 3:24 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |