塩が一番(シマグチ)

概要

ハーリーの話ですけどねえ、昔、首里勤めしている侍が、首里の王様から、「沖縄で一番美味しいものは何か。」と問題が出て、皆はあれが美味しい、これが美味しいといって美味しいものをあるだけ並べて返事したら、またある一人の侍が、「沖縄で一番美味しいのは塩でございます。」と言ったので、「何を言うか、あんなに辛いものを美味しいというのはお前は島流しだ。さあ、これは島流しするがいいさ。」と言って決めたので、それで・八重山に島流しされたと。そして、この人は、島流しされる時に大変悲しくて歌をよんだ。「妻や子とも別れて 私はこうして島流しされるが このままになるのであろうか。」と泣きながら宮古、八重山へ島流しされて、そこで朝も夜も妻子のことを思い大変苦労して暮らしていた。そして、その時に沖縄は七力月も雨が降る長雨に会ってしまい、「さあ、何を燃そうか。」昔は薪なので一月も二月も雨が降ったら燃やすのはなくなってしまい、そして、しまいには青竹も刈って天井に上げて、灸っては燃やし、燃やししてやっと命もながらえてきたのだが、昔は、もう塩は塩樽につめて火棚に上げて節約して暮らす世の中だったらしいので、こんな長雨になったから、その汁を作る時にも、「さあ、どうしょうかねえ、食事は味もなくて少しも食べられないもの。」と、そういうふうになっていると、すると天井の塩樽から汁が、その汁鍋に落ちた様子。王様が、「どうして今日の汁はこんなに美味しいのだろう。こんなにいい味だが、どういうわけか。」と使用人に聞くと、「何かしら上の樽から下にチョン、チョン垂れてくるようだったが、こんなに味がありますねえ。」と王様に言うと、「さあ、それではそれが垂れた所を調べてごらん何があるのか調べてごらん。」そして調べると、塩樽から汁がその汁鍋に落ちた様子なので、「そうか、それで私が何が美味しかったかと聞いたら、塩が一番美味しいよと答えた人をあのように島流ししたことだが、さあ、あれを救わなければ、私はあの男の罰があたるから。」と言って、そして救いあげに行ったら、八重山は果て所といわれ、そこで死んでしまっていたので、それでその王様は考えこんで、「さあ、この人の亡くなった魂をご案内して立派に葬らないといけない。」と言って、そしてその時から、五月五日の節句のハーリーというのは、その時から始まった様子らしいです。

再生時間:4:08

民話詳細DATA

レコード番号 47O412877
CD番号 47O41C115
決定題名 塩が一番(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 伊波澄
話者名かな いはすみ
生年月日 19150226
性別
出身地 石川市伊波
記録日 19820803
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石川市T30B05
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 本格昔話
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 いしかわの民話昔話P237
キーワード ハーリー,首里の王様,一番美味しいもの,塩,島流し,八重山,長雨,天井,汁鍋,五月五日
梗概(こうがい) ハーリーの話ですけどねえ、昔、首里勤めしている侍が、首里の王様から、「沖縄で一番美味しいものは何か。」と問題が出て、皆はあれが美味しい、これが美味しいといって美味しいものをあるだけ並べて返事したら、またある一人の侍が、「沖縄で一番美味しいのは塩でございます。」と言ったので、「何を言うか、あんなに辛いものを美味しいというのはお前は島流しだ。さあ、これは島流しするがいいさ。」と言って決めたので、それで・八重山に島流しされたと。そして、この人は、島流しされる時に大変悲しくて歌をよんだ。「妻や子とも別れて 私はこうして島流しされるが このままになるのであろうか。」と泣きながら宮古、八重山へ島流しされて、そこで朝も夜も妻子のことを思い大変苦労して暮らしていた。そして、その時に沖縄は七力月も雨が降る長雨に会ってしまい、「さあ、何を燃そうか。」昔は薪なので一月も二月も雨が降ったら燃やすのはなくなってしまい、そして、しまいには青竹も刈って天井に上げて、灸っては燃やし、燃やししてやっと命もながらえてきたのだが、昔は、もう塩は塩樽につめて火棚に上げて節約して暮らす世の中だったらしいので、こんな長雨になったから、その汁を作る時にも、「さあ、どうしょうかねえ、食事は味もなくて少しも食べられないもの。」と、そういうふうになっていると、すると天井の塩樽から汁が、その汁鍋に落ちた様子。王様が、「どうして今日の汁はこんなに美味しいのだろう。こんなにいい味だが、どういうわけか。」と使用人に聞くと、「何かしら上の樽から下にチョン、チョン垂れてくるようだったが、こんなに味がありますねえ。」と王様に言うと、「さあ、それではそれが垂れた所を調べてごらん何があるのか調べてごらん。」そして調べると、塩樽から汁がその汁鍋に落ちた様子なので、「そうか、それで私が何が美味しかったかと聞いたら、塩が一番美味しいよと答えた人をあのように島流ししたことだが、さあ、あれを救わなければ、私はあの男の罰があたるから。」と言って、そして救いあげに行ったら、八重山は果て所といわれ、そこで死んでしまっていたので、それでその王様は考えこんで、「さあ、この人の亡くなった魂をご案内して立派に葬らないといけない。」と言って、そしてその時から、五月五日の節句のハーリーというのは、その時から始まった様子らしいです。
全体の記録時間数 4:24
物語の時間数 4:08
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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