黒田官兵衛(シマグチ)

概要

名前は忘れたけど、この人は大変頭がよくて、豊臣秀吉家の知恵袋といわれていた。初めは豊臣秀吉が四国を征伐する時に、首の立札に「太閣電化四国の米つぶかりかねて、今日も5人かい、明日も5人かい」と言う立て札を立てた。城の役人が廻って来て、「お前は上様をあざむいたので縄にかける。そしてもしかすると打ち首になるかもしれないぞ」と言うと、「これは何かの間違いだから、これの意味は四国の米つぶぐらいの大名をわざわざ太閣殿下が攻めなくても太閣殿下の御意向のもとに自然にここに降伏してくるはずだのに、わわざわざ
船に乗って来る必要はない」と言った。「何だそういう意味か」と言うと、「そうです」と答えた。それでこの男を家に帰した。そのことを秀吉に役人が伝えると、「こうこうでございます」と言うと、秀吉も「そうかなあ」と言っていると、しばらくして四国の大名達が降伏して来た。それから秀吉は「この男は軍事専門化だから、城に呼んで生けどりにしよう」と言って、城に呼ばせ生けどりにすると、この人は頭がいいのでどんどん偉くなって、秀吉のお側役になった。そうしてお側役になってから、「戦国の後だから、人々は食べるにも困っているので、食べ物を与えて下さい」と御願した。すると、秀吉は米一俵でよいなら持って行きなさい」と答えると、翌日紙袋の大きなものを持って来て、米蔵を包み込んでこの米蔵は私が太閣殿下から貰ったものだから誰にも渡さない」と米蔵の番人に言うと、蔵番の人はびっくりしてこの米蔵をこの人に取り上げられると自分達が打ち首になると考え、太閣殿下のもとへ駆け付け、訳を話した。太太閣殿下は「これはひとつあいつにやられたな」と思い、何の気にもとめなかった。そして、その日は御前会議がある日だった。いろいろな大名達を交えて行われようとするものであった。その前にこの男はまた、秀吉に「お願いがあります。太閣殿下の耳たぶに匂いを私にかがせて下さい」と頼んだ。すると、「私の耳たぶの匂いをかいでどうするのか」と言うと、「あなたの耳たぶの匂いをすると、天から宝物が懐に転げこんで来ることになっています」と言うと、「そうか私の耳たぶをかぐだけでそんなに宝物が手に入るなら、たくさんかぎなさい」と言った。御前会議の日になったところ、お側役は太閣殿下の側に座り、大名は下の座にずらりと並んだ。そこでお側役は太閣殿下の耳の匂いをかいで大名を見つめ、また太閣殿下の耳たぶの匂いをかいで大名を見た。大名達は自分達の悪口を言われていると思いブルブル震えていた。御前会議は終わって後、どの大名からも「よろしくお願いします」と言って、黄金や銭を持って来た。また、豊臣秀吉が「お前は豊臣家の知恵袋だと、皆から言われているが、一休さんという日本一の頓知者がいるが、二人で頓知比べをしてみろ」と言った。「そうします」と言って、一休さんに「いつの何時にお前と私と頓知比べだ、だから城に来い」と連絡して呼んだ。一休さんというのは大変な知恵持ちだった。城の入口に、「この橋通るべからず」と立札があった。一休さんはこれを見て、「あっはー」と言ってサッサと通って行った。「お前はこのこの橋から渡って来たな」と言うと、「渡って来た」と答えた。「あの立札は見たか」と言うと、「見ました」「何で書いてあったか」と聞くと、「この橋を渡ってはいけませんと書いてありました」と答える。「それなのにお前は箸を渡って来たのか」と言うと、「私は端を渡っては来ません。真中を歩いてきました」と言った。それで豊臣秀吉の知恵袋は負けてしまった。それで家に入りなさいと床の間に連れて行き、「床の間の絵の中の虎を縛ってくれ」と言った。一休さんが「縛れます。それなら縄を持って来て下さい」と、縄を持って来てもらい、「それじゃぁ縛りましょうね」と立ち真似をした。「この虎は暴れると皆さんも大変だから、もっと広い所に出したら私がしっかり縛りますから」と言ったので、これも負けてしまった。また、「この城の目方をはかって下さい」と言ったので、「ああ、これは貴方たちがこの城と同じ材料を作ってこの城の万分の一の城を早く作りなさい。私が計ってさしあげましょう」と言ったので、これも負けてしまった。一休さんは豊臣秀吉からたくさんの褒美をもらい、臣下を集めて大名行列のようにして一休さんを送った。

再生時間:9:03

民話詳細DATA

レコード番号 47O412725
CD番号 47O41C109
決定題名 黒田官兵衛(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 萩堂盛樽
話者名かな おぎどうせいそん
生年月日 18970428
性別
出身地 石川市前原
記録日 19820804
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石川市T25B02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 豊臣秀吉家の知恵袋,四国征伐,太閣殿下,四国の大名達が降伏,秀吉のお側役,米一俵,米蔵の番人,耳たぶの匂い,宝物,一休さん,日本一の頓知者
梗概(こうがい) 名前は忘れたけど、この人は大変頭がよくて、豊臣秀吉家の知恵袋といわれていた。初めは豊臣秀吉が四国を征伐する時に、首の立札に「太閣電化四国の米つぶかりかねて、今日も5人かい、明日も5人かい」と言う立て札を立てた。城の役人が廻って来て、「お前は上様をあざむいたので縄にかける。そしてもしかすると打ち首になるかもしれないぞ」と言うと、「これは何かの間違いだから、これの意味は四国の米つぶぐらいの大名をわざわざ太閣殿下が攻めなくても太閣殿下の御意向のもとに自然にここに降伏してくるはずだのに、わわざわざ 船に乗って来る必要はない」と言った。「何だそういう意味か」と言うと、「そうです」と答えた。それでこの男を家に帰した。そのことを秀吉に役人が伝えると、「こうこうでございます」と言うと、秀吉も「そうかなあ」と言っていると、しばらくして四国の大名達が降伏して来た。それから秀吉は「この男は軍事専門化だから、城に呼んで生けどりにしよう」と言って、城に呼ばせ生けどりにすると、この人は頭がいいのでどんどん偉くなって、秀吉のお側役になった。そうしてお側役になってから、「戦国の後だから、人々は食べるにも困っているので、食べ物を与えて下さい」と御願した。すると、秀吉は米一俵でよいなら持って行きなさい」と答えると、翌日紙袋の大きなものを持って来て、米蔵を包み込んでこの米蔵は私が太閣殿下から貰ったものだから誰にも渡さない」と米蔵の番人に言うと、蔵番の人はびっくりしてこの米蔵をこの人に取り上げられると自分達が打ち首になると考え、太閣殿下のもとへ駆け付け、訳を話した。太太閣殿下は「これはひとつあいつにやられたな」と思い、何の気にもとめなかった。そして、その日は御前会議がある日だった。いろいろな大名達を交えて行われようとするものであった。その前にこの男はまた、秀吉に「お願いがあります。太閣殿下の耳たぶに匂いを私にかがせて下さい」と頼んだ。すると、「私の耳たぶの匂いをかいでどうするのか」と言うと、「あなたの耳たぶの匂いをすると、天から宝物が懐に転げこんで来ることになっています」と言うと、「そうか私の耳たぶをかぐだけでそんなに宝物が手に入るなら、たくさんかぎなさい」と言った。御前会議の日になったところ、お側役は太閣殿下の側に座り、大名は下の座にずらりと並んだ。そこでお側役は太閣殿下の耳の匂いをかいで大名を見つめ、また太閣殿下の耳たぶの匂いをかいで大名を見た。大名達は自分達の悪口を言われていると思いブルブル震えていた。御前会議は終わって後、どの大名からも「よろしくお願いします」と言って、黄金や銭を持って来た。また、豊臣秀吉が「お前は豊臣家の知恵袋だと、皆から言われているが、一休さんという日本一の頓知者がいるが、二人で頓知比べをしてみろ」と言った。「そうします」と言って、一休さんに「いつの何時にお前と私と頓知比べだ、だから城に来い」と連絡して呼んだ。一休さんというのは大変な知恵持ちだった。城の入口に、「この橋通るべからず」と立札があった。一休さんはこれを見て、「あっはー」と言ってサッサと通って行った。「お前はこのこの橋から渡って来たな」と言うと、「渡って来た」と答えた。「あの立札は見たか」と言うと、「見ました」「何で書いてあったか」と聞くと、「この橋を渡ってはいけませんと書いてありました」と答える。「それなのにお前は箸を渡って来たのか」と言うと、「私は端を渡っては来ません。真中を歩いてきました」と言った。それで豊臣秀吉の知恵袋は負けてしまった。それで家に入りなさいと床の間に連れて行き、「床の間の絵の中の虎を縛ってくれ」と言った。一休さんが「縛れます。それなら縄を持って来て下さい」と、縄を持って来てもらい、「それじゃぁ縛りましょうね」と立ち真似をした。「この虎は暴れると皆さんも大変だから、もっと広い所に出したら私がしっかり縛りますから」と言ったので、これも負けてしまった。また、「この城の目方をはかって下さい」と言ったので、「ああ、これは貴方たちがこの城と同じ材料を作ってこの城の万分の一の城を早く作りなさい。私が計ってさしあげましょう」と言ったので、これも負けてしまった。一休さんは豊臣秀吉からたくさんの褒美をもらい、臣下を集めて大名行列のようにして一休さんを送った。
全体の記録時間数 9:14
物語の時間数 9:03
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP