名護親方と具志頭親方(シマグチ)

概要

御願所の由来は村々に木を植えても盗人に盗まれるので、具志頭親方はそこを拝所にすれば、そこから木を切ると神の科を受けることもあるからと言って村々に拝所を置いた。また松林を植えたのも具志頭親方である。具志頭親方は唐の人の子孫であるが、沖縄の王婿になったので摂政になった。位は名護親方の方が上であったが、首を切られてはかなわんと知らんふりをして、「フミラリ―シンシカン スシラリ―シンシカン ウチユラクラクトゥワタイブサン」と名護親方はおっしゃった。名護親方の作った碑文は今も名護にあるが、誰も読めない。友寄平敷屋が沖縄で殺された時、名護親方は唐にいたのだが、それが分った。名護親方が言ったことは全て的中している。「沖縄はカタカシラユーからボージャーユーにあるが、それからカンターユーになるが、カンターユーになれば沖縄は開けている時である。その時、名護も栄えるから兼久をつくれ」と言った。それが名護の大兼久である。沖縄にはあの人に勝る人はいない。

再生時間:2:52

民話詳細DATA

レコード番号 47O412690
CD番号 47O41C107
決定題名 名護親方と具志頭親方(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 萩堂盛樽
話者名かな おぎどうせいそん
生年月日 18970428
性別
出身地 石川市前原
記録日 19820802
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石川市T24A13
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 御願所,具志頭親方,拝所,神の科,唐の人の子孫,沖縄の王婿,名護親方,名護の大兼久
梗概(こうがい) 御願所の由来は村々に木を植えても盗人に盗まれるので、具志頭親方はそこを拝所にすれば、そこから木を切ると神の科を受けることもあるからと言って村々に拝所を置いた。また松林を植えたのも具志頭親方である。具志頭親方は唐の人の子孫であるが、沖縄の王婿になったので摂政になった。位は名護親方の方が上であったが、首を切られてはかなわんと知らんふりをして、「フミラリ―シンシカン スシラリ―シンシカン ウチユラクラクトゥワタイブサン」と名護親方はおっしゃった。名護親方の作った碑文は今も名護にあるが、誰も読めない。友寄平敷屋が沖縄で殺された時、名護親方は唐にいたのだが、それが分った。名護親方が言ったことは全て的中している。「沖縄はカタカシラユーからボージャーユーにあるが、それからカンターユーになるが、カンターユーになれば沖縄は開けている時である。その時、名護も栄えるから兼久をつくれ」と言った。それが名護の大兼久である。沖縄にはあの人に勝る人はいない。
全体の記録時間数 3:01
物語の時間数 2:52
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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