石川にクンチャー墓と呼ばれる墓がある。これは尚泰久王の墓だといわれているが、何故ここに墓があるのかはっきりしない。ただ王の乳母は石川の伊波按司を味方にして、今帰仁を攻めようとしていた。さらに石川にあるウミナイビ墓は尚泰久の王妃の墓であり、ここにこの墓があるのは王妃も石川の人だったからと思われる。王の墓をクンチャー墓と呼んだのは王の代が変わると次の王に墓が荒らされることが多く、それを恐れて人の嫌う病気の死者の墓としたと思われる。墓の骨は玉城村に移され、今はこの墓にはない。
| レコード番号 | 47O412557 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C101 |
| 決定題名 | クンチャー墓(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 比嘉喜八 |
| 話者名かな | ひがきはち |
| 生年月日 | 19090821 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 石川市東恩納 |
| 記録日 | 19820613 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石川市T17B04 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 石川,クンチャー墓,尚泰久王,乳母,石川の伊波按司,今帰仁,ウミナイビ墓,王妃の墓,クンチャー墓 |
| 梗概(こうがい) | 石川にクンチャー墓と呼ばれる墓がある。これは尚泰久王の墓だといわれているが、何故ここに墓があるのかはっきりしない。ただ王の乳母は石川の伊波按司を味方にして、今帰仁を攻めようとしていた。さらに石川にあるウミナイビ墓は尚泰久の王妃の墓であり、ここにこの墓があるのは王妃も石川の人だったからと思われる。王の墓をクンチャー墓と呼んだのは王の代が変わると次の王に墓が荒らされることが多く、それを恐れて人の嫌う病気の死者の墓としたと思われる。墓の骨は玉城村に移され、今はこの墓にはない。 |
| 全体の記録時間数 | 5:27 |
| 物語の時間数 | 5:18 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |