東恩納当 大歳の宝(共通語)

概要

東恩納当は私の実家の本家であるが、今から300年ほど前、そこの長男が母親と二人暮らしで、首里勤めをしている時の話である。勤めが終わると、毎晩普天間を通って東恩納まで帰っていた。この人は大変な親孝行で、母親一人を家においておくわけにはいかずに、毎日夜遅く家に着いては、朝早く出かけて行った。ある日、あまり疲れていたので、負担目の所で座って休んでいた。すると、普天間の御宮から箱を担いだ人が出て来た。不思議に思って、「貴方はどこまで行くんですか。私は東恩納まで行く」と言うと、「じゃあ、私はどこそこに行くので一緒に行きませんか」ということになった。ある所で、「私は少し用事があるから、この箱を預かってくれないか」と言ったので、「私がここで番をしておきます」と言うことになったのだが、その人はいっこうに帰って来なかった。そうしているうちに、夜が明け始めたので「これではいけない、お母さんの顔を見ないといけない」と、急いで家に帰った。この箱を預けた人が言うには、これは自分の娘、子供の死体で墓に納めに行くのだがということだったらしい。この箱というのは死体だというのを預かったんだが、この人が帰って来ないのだが、どうしたらいいのかと言い、「それなら箱を開けてみよう」と、開けて見ると中は黄金だったって。それから東恩納当の家はずっと栄えて今になっている。戦前までは私たちもよく黄金のある一部分をお守り代わりに持っていたという話もある。今も話に聞くと、小さい延べ棒は誰かが持っているらしい。そうしているうちに戦争のために全部引き揚げられたのと、売ってお金にして使ったということで、今はもうないと思う。それで、それから長者になって、石川のこの辺は全部東恩納当のものだったらしい。だから今でも普天間は守り神として拝んでいるらしい。

再生時間:3:34

民話詳細DATA

レコード番号 47O412383
CD番号 47O41C092
決定題名 東恩納当 大歳の宝(共通語)
話者がつけた題名
話者名 石川文
話者名かな いしかわふみ
生年月日 19270223
性別
出身地 石川市石川
記録日 19820613
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石川市T08B11
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 東恩納当,長男が母親,首里勤め,普天間,親孝行,箱を担いだ人,子供の死体,黄金
梗概(こうがい) 東恩納当は私の実家の本家であるが、今から300年ほど前、そこの長男が母親と二人暮らしで、首里勤めをしている時の話である。勤めが終わると、毎晩普天間を通って東恩納まで帰っていた。この人は大変な親孝行で、母親一人を家においておくわけにはいかずに、毎日夜遅く家に着いては、朝早く出かけて行った。ある日、あまり疲れていたので、負担目の所で座って休んでいた。すると、普天間の御宮から箱を担いだ人が出て来た。不思議に思って、「貴方はどこまで行くんですか。私は東恩納まで行く」と言うと、「じゃあ、私はどこそこに行くので一緒に行きませんか」ということになった。ある所で、「私は少し用事があるから、この箱を預かってくれないか」と言ったので、「私がここで番をしておきます」と言うことになったのだが、その人はいっこうに帰って来なかった。そうしているうちに、夜が明け始めたので「これではいけない、お母さんの顔を見ないといけない」と、急いで家に帰った。この箱を預けた人が言うには、これは自分の娘、子供の死体で墓に納めに行くのだがということだったらしい。この箱というのは死体だというのを預かったんだが、この人が帰って来ないのだが、どうしたらいいのかと言い、「それなら箱を開けてみよう」と、開けて見ると中は黄金だったって。それから東恩納当の家はずっと栄えて今になっている。戦前までは私たちもよく黄金のある一部分をお守り代わりに持っていたという話もある。今も話に聞くと、小さい延べ棒は誰かが持っているらしい。そうしているうちに戦争のために全部引き揚げられたのと、売ってお金にして使ったということで、今はもうないと思う。それで、それから長者になって、石川のこの辺は全部東恩納当のものだったらしい。だから今でも普天間は守り神として拝んでいるらしい。
全体の記録時間数 4:08
物語の時間数 3:34
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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