伊波城(いはぐすく)の西側に、舞飛座(もーとぅんじゃ)、舞う飛ぶ座と書いて、方言で舞飛座(もーとぅんじゃ)というところがある、なぜ、舞飛座(もーとぅんじゃ)というかというとね、伊波の按司は大変弓を引くのが名人だったそうだね。その弓を教えたのは、山城(やまぐすく)ウナーといって、伊波の按司の指南役だったという。ウナーというのは鬼のことで、力持ちだから、山城ウナーというんだそうだがね。ある時よ、ずうっと離れた馬立(うまた)てぃという所があるがね、そこにね、今でもカブ石といって、この長い机の二倍ぐらいの大きな平たくなった石がある。それを、あっちにこう立てて。また、その上には畳ほどの、もう一つ石を渡してあるさあね畳ほどの石を。それをウナーが、自分一人で担いで作ったというがね。で、伊波の按司とウナーが、そこから、舞飛座(もーとぅんじゃ)のところに大きな石があったそうだがね、そこに向かって、弓の勝負をしたわけさ。「誰が、あの岩を射ることができるか。」といって。そしたら、その時に、伊波の按司が引いた弓が岩に当って大きく砕けて、それが天に舞ったんだ。舞(もー)てぃ飛んで行って落ちたんだね。それで、岩が落ちた所を舞飛座(もーとぅんざ)というんだ。そったら、その時に、それを見るためによ、その途中にクンパチ毛(もー)といってあるがね、そこの多くの村中の人が集まってよ、それを見物したわけさあね、弓を引くのを。あまりたくさん人が集まったもんだから、そこの毛(もー)のよ、草を、みな、踏(く)み荒(ぱい)でしまったため、だから、そこはクンパチ毛(もー)というとるというんだ。また、馬立(うまた)てぃというのは何かというとね。伊波の按司は大変な駿馬(しゅんめ)を持っとった。その馬は、最初は山城ウナーの馬だったというね。そのウナーの馬を、伊波の按司は譲り受けたというんだがね。あまりいい馬だから、見物人がさたくさん、ほうぼうからくるでしょう。それで、按司はもう煩(うるさ)がって、そこにほら穴があるがね、マタティという所に。そこに持って行って隠してあったそうだよ。それで、そこを馬立(うまた)てぃという地名になっておると、そういわれておるわけさあね。伊波按司はね、大変美男子だったそうだよ。何代目の按司か知らないが、髪が長くてね、女の髪みたいに長かったそうだがね。誰と戦したか知らんが、戦の時にその髪が解けて、その解けた髪に剣が巻き什いて、そいで、とうとう首を切られてしまったという話があるんだがね。それも、伊波按司にまつわる話さあね。
| レコード番号 | 47O412291 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C088 |
| 決定題名 | 舞飛座(共通語) |
| 話者がつけた題名 | 伊波按司 |
| 話者名 | 伊波信光 |
| 話者名かな | いはしんこう |
| 生年月日 | 19010221 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 石川市伊波 |
| 記録日 | 19820314 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石川市T05A03 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | いしかわの民話伝説編P125 |
| キーワード | 伊波城の西側,舞飛座,伊波の按司,弓を引くのが名人,山城ウナー,伊波の按司の指南役,力持ち,馬立,カブ石,弓の勝負,クンパチ毛 |
| 梗概(こうがい) | 伊波城(いはぐすく)の西側に、舞飛座(もーとぅんじゃ)、舞う飛ぶ座と書いて、方言で舞飛座(もーとぅんじゃ)というところがある、なぜ、舞飛座(もーとぅんじゃ)というかというとね、伊波の按司は大変弓を引くのが名人だったそうだね。その弓を教えたのは、山城(やまぐすく)ウナーといって、伊波の按司の指南役だったという。ウナーというのは鬼のことで、力持ちだから、山城ウナーというんだそうだがね。ある時よ、ずうっと離れた馬立(うまた)てぃという所があるがね、そこにね、今でもカブ石といって、この長い机の二倍ぐらいの大きな平たくなった石がある。それを、あっちにこう立てて。また、その上には畳ほどの、もう一つ石を渡してあるさあね畳ほどの石を。それをウナーが、自分一人で担いで作ったというがね。で、伊波の按司とウナーが、そこから、舞飛座(もーとぅんじゃ)のところに大きな石があったそうだがね、そこに向かって、弓の勝負をしたわけさ。「誰が、あの岩を射ることができるか。」といって。そしたら、その時に、伊波の按司が引いた弓が岩に当って大きく砕けて、それが天に舞ったんだ。舞(もー)てぃ飛んで行って落ちたんだね。それで、岩が落ちた所を舞飛座(もーとぅんざ)というんだ。そったら、その時に、それを見るためによ、その途中にクンパチ毛(もー)といってあるがね、そこの多くの村中の人が集まってよ、それを見物したわけさあね、弓を引くのを。あまりたくさん人が集まったもんだから、そこの毛(もー)のよ、草を、みな、踏(く)み荒(ぱい)でしまったため、だから、そこはクンパチ毛(もー)というとるというんだ。また、馬立(うまた)てぃというのは何かというとね。伊波の按司は大変な駿馬(しゅんめ)を持っとった。その馬は、最初は山城ウナーの馬だったというね。そのウナーの馬を、伊波の按司は譲り受けたというんだがね。あまりいい馬だから、見物人がさたくさん、ほうぼうからくるでしょう。それで、按司はもう煩(うるさ)がって、そこにほら穴があるがね、マタティという所に。そこに持って行って隠してあったそうだよ。それで、そこを馬立(うまた)てぃという地名になっておると、そういわれておるわけさあね。伊波按司はね、大変美男子だったそうだよ。何代目の按司か知らないが、髪が長くてね、女の髪みたいに長かったそうだがね。誰と戦したか知らんが、戦の時にその髪が解けて、その解けた髪に剣が巻き什いて、そいで、とうとう首を切られてしまったという話があるんだがね。それも、伊波按司にまつわる話さあね。 |
| 全体の記録時間数 | 6:05 |
| 物語の時間数 | 6:05 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |