マシーハーメーというばあさんがいた。だいたい私たちが七、八才、学校へ行き始めの一、二年生頃のことであるが‥‥。このお婆さんは、子どもを負ぶって、毎日汗をかきながら・ヤナブの種を掘られていた。もう空いている屋敷ならどこの屋敷にでも、その種をまいていたわけ。それで、私たちは、ばあさんの後ろを追いかけてゆき、「どうして、そんなに難儀して、それを植えているのばあさん。」とたずねると、「ああ、子どもたちよ。まもなく戦がきて、もうここは焼け野原になってしまうので、木を少しでも植えておかないといけないと思ってね、私はこうして、汗をかきながらも植えているんだよ、子どもたちよ。それに、やがて石川にオランダーたちがきて、その人たちで何階建てかのコンクリートの学校もできるよ。その時のために、私は、こうしてヤナブの木を植えたりしているんだよ。」と。また、「今の石川の港は、アメリカの人たちで鉄橋が架けられ、あそこにも橋、ここにも橋ができるよ。子どもたち、よく聞いておきなさいよ。」といわれたけども、私たちは、「ああ、いやな気ちがいばあさんだ。まさかそんなことがあるものか。」と、物笑いにされていたんですが。今となっては、ほんとは、そのばあさんは神であられたのか、戦が起るとは夢にさえ見ることがないくらいなのに、そのばあさんがいった通りになった。昔は、アメリカ人もオランダ人というふうに言っていたんですが。やっぱり、そのばあさんがいった通り、戦争も終わった後に、道も大きくなった。「ここには、こうこういう橋が架けられる。またここには、大きな道が作られる。」というふうなことをおっしゃっていたが。このばあさんがいわれたことは、今となってはおそいけれども、 「このばあさんは、宝のような立派な人であられたんだ。現在まで元気でいらっしゃったら、神様といって、大層皆から敬われていたでしょうねえ。」と、私たちはいつも話しているんですよ。それから、また、海の側にはエンドウ豆を植えられてそのエンドウ豆も作っては、皆に配ってあげていたんだって。このばあさんは、とても心の綺麗な方で、子どもを負ぶりながらも汗を流しながらいろんな仕事をなさり、とても宝のような立派なばあさんであったよ。今では、私たちは非常にそのばあさんに感謝している次第ですよ。
| レコード番号 | 47O412255 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C087 |
| 決定題名 | マシ―ハーメーの話(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 伊波栄吉 |
| 話者名かな | いはえいきち |
| 生年月日 | 19150210 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 石川市石川 |
| 記録日 | 19820314 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石川市T03A13 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | いしかわの民話伝説P94 |
| キーワード | マシーハーメー,ばあさん,ヤナブの種,戦,焼け野原,石川,オランダー,物笑い |
| 梗概(こうがい) | マシーハーメーというばあさんがいた。だいたい私たちが七、八才、学校へ行き始めの一、二年生頃のことであるが‥‥。このお婆さんは、子どもを負ぶって、毎日汗をかきながら・ヤナブの種を掘られていた。もう空いている屋敷ならどこの屋敷にでも、その種をまいていたわけ。それで、私たちは、ばあさんの後ろを追いかけてゆき、「どうして、そんなに難儀して、それを植えているのばあさん。」とたずねると、「ああ、子どもたちよ。まもなく戦がきて、もうここは焼け野原になってしまうので、木を少しでも植えておかないといけないと思ってね、私はこうして、汗をかきながらも植えているんだよ、子どもたちよ。それに、やがて石川にオランダーたちがきて、その人たちで何階建てかのコンクリートの学校もできるよ。その時のために、私は、こうしてヤナブの木を植えたりしているんだよ。」と。また、「今の石川の港は、アメリカの人たちで鉄橋が架けられ、あそこにも橋、ここにも橋ができるよ。子どもたち、よく聞いておきなさいよ。」といわれたけども、私たちは、「ああ、いやな気ちがいばあさんだ。まさかそんなことがあるものか。」と、物笑いにされていたんですが。今となっては、ほんとは、そのばあさんは神であられたのか、戦が起るとは夢にさえ見ることがないくらいなのに、そのばあさんがいった通りになった。昔は、アメリカ人もオランダ人というふうに言っていたんですが。やっぱり、そのばあさんがいった通り、戦争も終わった後に、道も大きくなった。「ここには、こうこういう橋が架けられる。またここには、大きな道が作られる。」というふうなことをおっしゃっていたが。このばあさんがいわれたことは、今となってはおそいけれども、 「このばあさんは、宝のような立派な人であられたんだ。現在まで元気でいらっしゃったら、神様といって、大層皆から敬われていたでしょうねえ。」と、私たちはいつも話しているんですよ。それから、また、海の側にはエンドウ豆を植えられてそのエンドウ豆も作っては、皆に配ってあげていたんだって。このばあさんは、とても心の綺麗な方で、子どもを負ぶりながらも汗を流しながらいろんな仕事をなさり、とても宝のような立派なばあさんであったよ。今では、私たちは非常にそのばあさんに感謝している次第ですよ。 |
| 全体の記録時間数 | 1:59 |
| 物語の時間数 | 1:49 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |