兼箇段グスクと安慶名グスク(シマグチ)

概要

兼箇段城は、「攻められ。」と言って、工事をしていたって。ちょうどその工事中に、安慶名城から攻め落とされたらしいよ。そこには、鍛冶屋も居って、鍛冶洞窟というのは、我が家の前の川端の方にあった。鍛冶は、澄んだ水がないとできないさあ。この鍛冶洞窟で鍛冶をやっていたって。戦道具を打ったり、また、石斧を打ったりする鍛冶屋がいたらしいが、築城の途中で兼箇段城が滅ぼされたので、その鍛冶屋もそこでウチニンケーしてしまった。そこに行く道は今もあるよ。神道といって。だが、以前は、道としてではなくて、全部畑にしてあった。それではいけないといって、開いて道にしてあるが、草茫々して何にもならん。鍛冶洞窟の下は、大きなため池だからねえ、この池から水を運んで使っていた。ここは城としては適当でなかったはずよ。何故かというと、水が遠くて、ずっと部落の前の方にしかないからね。そうして、丁度築城中に安慶名城に攻められて、滅んでしまったわけ。この安慶名城は、大川の按司が治めていたが、ずっと下に降りて行かないと水はないよ。水を汲みに行った臣下が、敵に見つかって殺されたわけよ。そうした
ら、昔は、鉄砲といってもないし、太刀をもって戦うさ。水を汲みに行く途中で殺されたから、もうそこの按司たちは、兵糧攻めにされたわけ。食べ物も食べられないで、そうして、一人、一人死んでしまった。したら、もうここには居れないと、按司もそのままうちにんけーなさって、自分で切腹して死んだわけさ。今は、安慶名城址として、ちゃんと残っているよ。

再生時間:2:55

民話詳細DATA

レコード番号 47O422067
CD番号 47O42C063
決定題名 兼箇段グスクと安慶名グスク(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 神谷進光
話者名かな かみやしんこう
生年月日 18971223
性別
出身地 具志川市兼箇段
記録日 19800804
記録者の所属組織 沖縄口承文芸調査団
元テープ番号 具志川市T58 A24
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 具志川市史第3巻上317頁
キーワード 兼箇段グスク,鍛冶屋,安慶名グスク,大川按司,兵糧攻め,
梗概(こうがい) 兼箇段城は、「攻められ。」と言って、工事をしていたって。ちょうどその工事中に、安慶名城から攻め落とされたらしいよ。そこには、鍛冶屋も居って、鍛冶洞窟というのは、我が家の前の川端の方にあった。鍛冶は、澄んだ水がないとできないさあ。この鍛冶洞窟で鍛冶をやっていたって。戦道具を打ったり、また、石斧を打ったりする鍛冶屋がいたらしいが、築城の途中で兼箇段城が滅ぼされたので、その鍛冶屋もそこでウチニンケーしてしまった。そこに行く道は今もあるよ。神道といって。だが、以前は、道としてではなくて、全部畑にしてあった。それではいけないといって、開いて道にしてあるが、草茫々して何にもならん。鍛冶洞窟の下は、大きなため池だからねえ、この池から水を運んで使っていた。ここは城としては適当でなかったはずよ。何故かというと、水が遠くて、ずっと部落の前の方にしかないからね。そうして、丁度築城中に安慶名城に攻められて、滅んでしまったわけ。この安慶名城は、大川の按司が治めていたが、ずっと下に降りて行かないと水はないよ。水を汲みに行った臣下が、敵に見つかって殺されたわけよ。そうした ら、昔は、鉄砲といってもないし、太刀をもって戦うさ。水を汲みに行く途中で殺されたから、もうそこの按司たちは、兵糧攻めにされたわけ。食べ物も食べられないで、そうして、一人、一人死んでしまった。したら、もうここには居れないと、按司もそのままうちにんけーなさって、自分で切腹して死んだわけさ。今は、安慶名城址として、ちゃんと残っているよ。
全体の記録時間数 2:55
物語の時間数 2:55
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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