モーイ親方 龕(共通語)

概要

琉球旧藩時代の話だが、伊野波のモーイというのは当時王様の右腕だったので教養もあった。この人はアサタビグニンジョウ(筆頭三司官)であった。この人が金をもうけて、首里にいるとても有名な石工を頼んで、ヒンプンを造ろうとした。すると長男のモーイ小がそれを見て笑っていた。父親はその石工に悪いと思ってイシカラで長男を追いまわしていた。そうしてそのヒンプンが完成した晩に、この長男のモーイは友達を集めて、龕をかついで屋敷の中へ入れようとした。ところがヒンプンにひっかかり中へ入れることができなかった。そのとき家の中では首里の石工などをよんで酒、魚をふるまっているところであった。二間もある龕なので屋敷に通すことができない。そこでモーイ小は、「父上や母上が死んだ場合は、棺を外までかついで運ばなければならない。」と言った。翌日さっそくそのヒンプンはとりこわされ、石垣を積んだ入口から二間二尺はなれたところに作りかえられた。そのときに、伊野波のモーイ小が木でバンジョウガニ(さしがね)を作った。それがバンジョウガニのはじめであるということである。

再生時間:2:48

民話詳細DATA

レコード番号 47O421848
CD番号 47O42C057
決定題名 モーイ親方 龕(共通語)
話者がつけた題名
話者名 喜久山源太郎
話者名かな きくやまげんたろう
生年月日 19081018
性別
出身地 具志川市豊原
記録日 19800807
記録者の所属組織 沖縄口承文芸調査団
元テープ番号 具志川市T52 B4
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 笑話
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 具志川市史第3巻下582頁 ふるさとの昔ばなし187頁 通観712頁
キーワード ヒンプン,龕,首里,バンジョーガニ,
梗概(こうがい) 琉球旧藩時代の話だが、伊野波のモーイというのは当時王様の右腕だったので教養もあった。この人はアサタビグニンジョウ(筆頭三司官)であった。この人が金をもうけて、首里にいるとても有名な石工を頼んで、ヒンプンを造ろうとした。すると長男のモーイ小がそれを見て笑っていた。父親はその石工に悪いと思ってイシカラで長男を追いまわしていた。そうしてそのヒンプンが完成した晩に、この長男のモーイは友達を集めて、龕をかついで屋敷の中へ入れようとした。ところがヒンプンにひっかかり中へ入れることができなかった。そのとき家の中では首里の石工などをよんで酒、魚をふるまっているところであった。二間もある龕なので屋敷に通すことができない。そこでモーイ小は、「父上や母上が死んだ場合は、棺を外までかついで運ばなければならない。」と言った。翌日さっそくそのヒンプンはとりこわされ、石垣を積んだ入口から二間二尺はなれたところに作りかえられた。そのときに、伊野波のモーイ小が木でバンジョウガニ(さしがね)を作った。それがバンジョウガニのはじめであるということである。
全体の記録時間数 2:48
物語の時間数 2:48
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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