昔、本部の健堅に健堅之比屋という豪傑で情け深い人がいた。また、健堅之比屋の友だちに久米島に住む堂之比屋がいた。ある月夜のこと、健堅之比屋は堂之比屋に会いに久米島に渡ると、堂之比屋の家には、唐の貿易船が台風に遭い、唐の人たちが堂之比屋の家にやっかいになっていた。健堅之比屋が、「久米島には船を造る木がないから、ぜひ、本部健堅に連れて行き、山から木を切り出して船を造り、この人たちを故郷の唐に帰してやりましょう。」と言った。堂之比屋は、「そうしてくれ。」と頼んだ。そして、本部の健堅に唐の人を連れて行った。そのころ、本部健堅では、毎晩、海から馬が上がってきて、農民の作った作物を荒らしていた。その馬は、夜上がってきて明け方には帰って行った。本部健堅の人たちは、瀬底島の人が馬を逃がして、自分たちの作物を荒らしていると思っていた。本部健堅の若者たちと唐の人たちでその馬を捕まえてみたところ、馬の足や腹、首など潮に浸かっていたところにはガチン(貝)が付いていた。瀬底から来た馬でないことが分かった。唐の人たちは本部健堅で船を造り、馬も譲ってもらい、唐に帰って行った。唐から沖縄への恩義として碑文が送られてきた。その碑は健堅の浜に建てられたが、津波のとき流されてしまったという。
| レコード番号 | 47O421839 |
|---|---|
| CD番号 | 47O42C057 |
| 決定題名 | 健堅之比屋と堂之比屋 |
| 話者がつけた題名 | 本部健堅の浜の碑文 |
| 話者名 | 福原兼良 |
| 話者名かな | ふくはらけんりょう |
| 生年月日 | 18990118 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 具志川市安慶名 |
| 記録日 | 19800805 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸調査団 |
| 元テープ番号 | 具志川市T52 A6 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 具志川市史第3巻上796頁 |
| キーワード | 本部健堅之比屋,堂之比屋,久米島,唐,貿易船,台風,海,馬B |
| 梗概(こうがい) | 昔、本部の健堅に健堅之比屋という豪傑で情け深い人がいた。また、健堅之比屋の友だちに久米島に住む堂之比屋がいた。ある月夜のこと、健堅之比屋は堂之比屋に会いに久米島に渡ると、堂之比屋の家には、唐の貿易船が台風に遭い、唐の人たちが堂之比屋の家にやっかいになっていた。健堅之比屋が、「久米島には船を造る木がないから、ぜひ、本部健堅に連れて行き、山から木を切り出して船を造り、この人たちを故郷の唐に帰してやりましょう。」と言った。堂之比屋は、「そうしてくれ。」と頼んだ。そして、本部の健堅に唐の人を連れて行った。そのころ、本部健堅では、毎晩、海から馬が上がってきて、農民の作った作物を荒らしていた。その馬は、夜上がってきて明け方には帰って行った。本部健堅の人たちは、瀬底島の人が馬を逃がして、自分たちの作物を荒らしていると思っていた。本部健堅の若者たちと唐の人たちでその馬を捕まえてみたところ、馬の足や腹、首など潮に浸かっていたところにはガチン(貝)が付いていた。瀬底から来た馬でないことが分かった。唐の人たちは本部健堅で船を造り、馬も譲ってもらい、唐に帰って行った。唐から沖縄への恩義として碑文が送られてきた。その碑は健堅の浜に建てられたが、津波のとき流されてしまったという。 |
| 全体の記録時間数 | 5:53 |
| 物語の時間数 | 5:53 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |