昔はね、われわれ人間は六十歳以上なれば、洞窟の中に連れて行きよったそうだ。なぜそういったことになったかというと、日照りが続いて農作物はみんな枯れて食べる物がなくなった。それで、若い連中や子どもは、生きる限りは生きて成長させて、年寄りはいなくてもいいという意味で、年寄りを制限して、飢え死にさせるために洞窟に連れて行ったって。けれども、親孝行の子どもがね、自分は食べないで洞窟にいる親に食べ物を持って行ってあげた。そうして親を大切にしたけれども、上から責められて罰をされた。親孝行をしたために罰されて非常に困っているところに、今度は上から、「馬二つにね、馬具を一つ乗せてきなさい。」という命令がきたらしいです。これは村人が非常に頭ひねって考えても考えられない。馬二つに馬具一つ乗せるのは、非常に難しいでしょう。そしたら、親孝行の子どもが、親のところに行って、「こういう命令があって、これを全うしていけばたくさんのご褒美があるが、あなたには考えないか。」と言って、問うてみたら、「それは簡単である。」と親が言ったって。どうして簡単であるかといったら、馬二つに馬具一つ乗せることはできないが、「妊娠している馬に馬具を乗せて行きなさい。」と教えた。「ああ、そうか。」と言って、そうして行ったら、「これは、偉いなあ。」と言われた。向こうからほめられて、ご褒美も与えられた。それから年寄りを呼び戻して元の家に帰した。そういうことから、「年寄りは宝。」という言葉ができた。
| レコード番号 | 47O421295 |
|---|---|
| CD番号 | 47O42C040 |
| 決定題名 | 親捨て山 難題(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 金城良信 |
| 話者名かな | きんじょうりょうしん |
| 生年月日 | 19080624 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 具志川市上江洲 |
| 記録日 | 19800808 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸調査団 |
| 元テープ番号 | 具志川市T37 B10 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 本格昔話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 具志川市史第3巻下371頁 通観150頁 |
| キーワード | 60才,洞窟,農作物,馬二つに馬具一,日照り |
| 梗概(こうがい) | 昔はね、われわれ人間は六十歳以上なれば、洞窟の中に連れて行きよったそうだ。なぜそういったことになったかというと、日照りが続いて農作物はみんな枯れて食べる物がなくなった。それで、若い連中や子どもは、生きる限りは生きて成長させて、年寄りはいなくてもいいという意味で、年寄りを制限して、飢え死にさせるために洞窟に連れて行ったって。けれども、親孝行の子どもがね、自分は食べないで洞窟にいる親に食べ物を持って行ってあげた。そうして親を大切にしたけれども、上から責められて罰をされた。親孝行をしたために罰されて非常に困っているところに、今度は上から、「馬二つにね、馬具を一つ乗せてきなさい。」という命令がきたらしいです。これは村人が非常に頭ひねって考えても考えられない。馬二つに馬具一つ乗せるのは、非常に難しいでしょう。そしたら、親孝行の子どもが、親のところに行って、「こういう命令があって、これを全うしていけばたくさんのご褒美があるが、あなたには考えないか。」と言って、問うてみたら、「それは簡単である。」と親が言ったって。どうして簡単であるかといったら、馬二つに馬具一つ乗せることはできないが、「妊娠している馬に馬具を乗せて行きなさい。」と教えた。「ああ、そうか。」と言って、そうして行ったら、「これは、偉いなあ。」と言われた。向こうからほめられて、ご褒美も与えられた。それから年寄りを呼び戻して元の家に帰した。そういうことから、「年寄りは宝。」という言葉ができた。 |
| 全体の記録時間数 | 3:33 |
| 物語の時間数 | 3:33 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |