尚巴志の墓(シマグチ)

概要

左御紋は王の関係の人たちだけが使う。現在の戸をハシルといったが、王がお亡くなりになると、龕を三つ、位牌の入る物、魂の入る物、その人が入る物を担いで、その玉御殿へ運んだ。その玉御殿には左御紋がある。沖縄は内地から戦がくると焼かれたので、玉御殿もなくなるんじゃないかということで、読谷の伊良皆の石の下へ置いた。新城親方はこの人は沖縄を助けた人だかr、ここに置いてはいけないということだった。後に、ヤードゥイになったので、いいことをした人は調べて立派にすることになって、今は尚巴志の墓はそこにあるが、立派に祀ってある。柱もチャーギで二重堂を崇めている人は瓦ぶきにして、立派に祀っている。柱もチャーギで二重堂を建てていたが、戦に咲かれてしまい、墓だけが今のある。この尚巴志は今では知念知名にあがめられている。

再生時間:4:15

民話詳細DATA

レコード番号 47O421029
CD番号 47O42C032
決定題名 尚巴志の墓(シマグチ)
話者がつけた題名 左御紋の話
話者名 宜野座三郎
話者名かな ぎのざさぶろう
生年月日 18860101
性別
出身地 具志川市米原
記録日 19800804
記録者の所属組織 沖縄口承文芸調査団
元テープ番号 具志川市T30 B3
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 左御紋,王,玉御殿
梗概(こうがい) 左御紋は王の関係の人たちだけが使う。現在の戸をハシルといったが、王がお亡くなりになると、龕を三つ、位牌の入る物、魂の入る物、その人が入る物を担いで、その玉御殿へ運んだ。その玉御殿には左御紋がある。沖縄は内地から戦がくると焼かれたので、玉御殿もなくなるんじゃないかということで、読谷の伊良皆の石の下へ置いた。新城親方はこの人は沖縄を助けた人だかr、ここに置いてはいけないということだった。後に、ヤードゥイになったので、いいことをした人は調べて立派にすることになって、今は尚巴志の墓はそこにあるが、立派に祀ってある。柱もチャーギで二重堂を崇めている人は瓦ぶきにして、立派に祀っている。柱もチャーギで二重堂を建てていたが、戦に咲かれてしまい、墓だけが今のある。この尚巴志は今では知念知名にあがめられている。
全体の記録時間数 4:15
物語の時間数 4:15
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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