阿麻和利(シマグチ)

概要

阿麻和利はね、幼い頃は大変虚弱だったらしい。阿麻和利は、七つ、八つ、十にもなっていたか分からないが、身体が弱く起きることもできなかったって。それで、この子は一人前の人間にはなれそうもないがと、親たちはどうしたらいいか考えた。そして、後はもう思い切って山に捨てたようだね。この子は一人前には育たないと。山に捨てるといっても、ある期間は食物を運んでやったと思うがね。それで、阿麻和利は山に捨てられ、そこで寝て暮らしていた。近くで、蜘蛛が木と木に糸を架けて巣を作っていた。それを見て阿麻和利は、「蜘蛛でも、こうして自分の巣を作って住もうとするのに、人として生まれていながら、だれて歩けないとは情けない。」と、もう力をいっぱい振り絞り、それから、起きることができ成長していった。蜘蛛が巣を作るのを見て、彼は、縄で網を作って、漁師になろうと思い立ったらしい。そして、網を作り漁師になった。魚をたくさん取って来たら、この魚を勝連の側の南風原の村の人たちに、全部配ってあげたそうだ。そうして、阿麻和利は謀叛を企んでいるので、その人たちがお金を受け取れと言っても受け取らなかった。「お金を取れと言っても受け取らないし、この人の恩義は、どうして返そうか。」と、村の人たちは皆で相談していた。阿麻和利は、「いつか私がお願いするときに聞いてくれ。」ということだった。そして、阿麻和利は、勝連城の按司と友だちになって行き通いをしていた。魚を持って行って差し上げたりしていた。こうして、友だちになっていたが、いつか勝連城の大将になろうと悪企みをしていた。そのうちに、南風原の人たちに、「松明を持って、今夜は出てくれ。村中の人たちは、皆、松明を持って道に出てくれ。」と言った。阿麻和利は、勝連城に行って、「中城から戦が押し寄せて来ます。」と、按司に言った。そうして、按司はもう物見台のずっと上にあがって見ていた。「これは本当だ。どうしたらいいんだ。」と言い、按司はもう心配していた。この物見台というのは、何十メーターといって高かったらしいね。そこから、阿麻和利が按司を突き落した。按司はもう死んでしまった。「私は、ここの大将になった。」と、阿麻和利は喜んでいた。それから、すぐ舟に乗って首里城に行き、首里城の王に報告した。「勝連の按司は滅びました。」と。もう、首里城の王も、「不思議なことだ。」と言っていたが、後は、首里城の王もそれを認めて、この阿麻和利は、もう英雄になった。彼は、首里城に認められ、首里城の娘も与えられて婿になったそうだ。それから、しばらくして、また、阿麻和利は謀叛を企んだ。中城護佐丸、これを討ち取ろうとした。そうしていろんな考えを出した。今度は、首里城に使いをやったのか自分で行ったのかそれは分からないが、 「中城城は、首里城を落とそうと、謀叛を企んでいます。武具道具を作っています。」と。武具道具というのは、太刀などのいろんな戦道具のこと。首里城に報告したら、「まさか、そんなことはないはずだが。」と。そうしている間に、首里城も使いを行かせた。阿麻和利が側から、使いの者に、「これは、中城城が首里城を攻めてくるものだと思われるから考えてくれよ。」と、このようなことであったらしい。そうしたら、首里城の按司も、「そうか、そうならば、中城を討たなければ。」と、討つことを決めた。そして、阿麻和利に、「討って来い。」と言って、左御紋を出して持たせた。左御紋というのは、王の印だと思われる。阿麻和利は左御紋を持って、屋慶名アカーとか強いブシたちを引き連れて、中城に押しかけて行ったようだね。だが、中城護佐丸は、本当に戦ったならば、勝てるはずだが、「首里城に手向かうようなことをしてはいけない。」と戦わずに切腹したそうだ。また、護佐丸には長男、次男、三男と、三人の子どもがいた。長男のモリミツ次男のモリアキの二人は、成長していたので、護佐丸が切り殺した。生かしていたら、阿麻和利に遣られてしまうからと、親が殺した。三男盛親というのは、まだ幼く二つか三つくらいだった思われるが、太刀を抜いて殺そうとしたら笑っていたという。それで、「何も分からない者に手をかけることはできない。」と言って、乳母と一緒に逃がしたそうだ。そして、クニシヌヒャーに助けられて、この盛親は有名な強いブシになったという。これ以後は、阿麻和利も、また、鬼大城に滅ぼされたわけさ。

再生時間:8:00

民話詳細DATA

レコード番号 47O421028
CD番号 47O42C032
決定題名 阿麻和利(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 田場盛貴
話者名かな たばせいき
生年月日 19130606
性別
出身地 具志川市米原
記録日 19800804
記録者の所属組織 沖縄口承文芸調査団
元テープ番号 具志川市T30 B2
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく) アマワリェーヨー
伝承事情
文字化資料 具志川市史第3巻上612頁
キーワード 阿麻和利,クモの巣,網,漁師,南風原,勝連城,松明,物見,首里城,中城城,護佐丸,
梗概(こうがい) 阿麻和利はね、幼い頃は大変虚弱だったらしい。阿麻和利は、七つ、八つ、十にもなっていたか分からないが、身体が弱く起きることもできなかったって。それで、この子は一人前の人間にはなれそうもないがと、親たちはどうしたらいいか考えた。そして、後はもう思い切って山に捨てたようだね。この子は一人前には育たないと。山に捨てるといっても、ある期間は食物を運んでやったと思うがね。それで、阿麻和利は山に捨てられ、そこで寝て暮らしていた。近くで、蜘蛛が木と木に糸を架けて巣を作っていた。それを見て阿麻和利は、「蜘蛛でも、こうして自分の巣を作って住もうとするのに、人として生まれていながら、だれて歩けないとは情けない。」と、もう力をいっぱい振り絞り、それから、起きることができ成長していった。蜘蛛が巣を作るのを見て、彼は、縄で網を作って、漁師になろうと思い立ったらしい。そして、網を作り漁師になった。魚をたくさん取って来たら、この魚を勝連の側の南風原の村の人たちに、全部配ってあげたそうだ。そうして、阿麻和利は謀叛を企んでいるので、その人たちがお金を受け取れと言っても受け取らなかった。「お金を取れと言っても受け取らないし、この人の恩義は、どうして返そうか。」と、村の人たちは皆で相談していた。阿麻和利は、「いつか私がお願いするときに聞いてくれ。」ということだった。そして、阿麻和利は、勝連城の按司と友だちになって行き通いをしていた。魚を持って行って差し上げたりしていた。こうして、友だちになっていたが、いつか勝連城の大将になろうと悪企みをしていた。そのうちに、南風原の人たちに、「松明を持って、今夜は出てくれ。村中の人たちは、皆、松明を持って道に出てくれ。」と言った。阿麻和利は、勝連城に行って、「中城から戦が押し寄せて来ます。」と、按司に言った。そうして、按司はもう物見台のずっと上にあがって見ていた。「これは本当だ。どうしたらいいんだ。」と言い、按司はもう心配していた。この物見台というのは、何十メーターといって高かったらしいね。そこから、阿麻和利が按司を突き落した。按司はもう死んでしまった。「私は、ここの大将になった。」と、阿麻和利は喜んでいた。それから、すぐ舟に乗って首里城に行き、首里城の王に報告した。「勝連の按司は滅びました。」と。もう、首里城の王も、「不思議なことだ。」と言っていたが、後は、首里城の王もそれを認めて、この阿麻和利は、もう英雄になった。彼は、首里城に認められ、首里城の娘も与えられて婿になったそうだ。それから、しばらくして、また、阿麻和利は謀叛を企んだ。中城護佐丸、これを討ち取ろうとした。そうしていろんな考えを出した。今度は、首里城に使いをやったのか自分で行ったのかそれは分からないが、 「中城城は、首里城を落とそうと、謀叛を企んでいます。武具道具を作っています。」と。武具道具というのは、太刀などのいろんな戦道具のこと。首里城に報告したら、「まさか、そんなことはないはずだが。」と。そうしている間に、首里城も使いを行かせた。阿麻和利が側から、使いの者に、「これは、中城城が首里城を攻めてくるものだと思われるから考えてくれよ。」と、このようなことであったらしい。そうしたら、首里城の按司も、「そうか、そうならば、中城を討たなければ。」と、討つことを決めた。そして、阿麻和利に、「討って来い。」と言って、左御紋を出して持たせた。左御紋というのは、王の印だと思われる。阿麻和利は左御紋を持って、屋慶名アカーとか強いブシたちを引き連れて、中城に押しかけて行ったようだね。だが、中城護佐丸は、本当に戦ったならば、勝てるはずだが、「首里城に手向かうようなことをしてはいけない。」と戦わずに切腹したそうだ。また、護佐丸には長男、次男、三男と、三人の子どもがいた。長男のモリミツ次男のモリアキの二人は、成長していたので、護佐丸が切り殺した。生かしていたら、阿麻和利に遣られてしまうからと、親が殺した。三男盛親というのは、まだ幼く二つか三つくらいだった思われるが、太刀を抜いて殺そうとしたら笑っていたという。それで、「何も分からない者に手をかけることはできない。」と言って、乳母と一緒に逃がしたそうだ。そして、クニシヌヒャーに助けられて、この盛親は有名な強いブシになったという。これ以後は、阿麻和利も、また、鬼大城に滅ぼされたわけさ。
全体の記録時間数 8:00
物語の時間数 8:00
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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