山川御嶽(共通語)

概要

これは私の姉が山川御嶽の司をやっておりましたから聞いているんですが、川平の波照間家の波照間英盛という士族の人と、仲間家の人が多分貢ぎ物の献上かなんかで首里王府に行った帰りに台風に遭って、命からがら宮古に辿り着くと、宮古の人に助けられたから、そこの山川御嶽の神様を分けて持ってきて川平の山川御嶽はできてる聞いています。波照間家がそこの元になったんです。昔は、士族の方は御嶽の司をつとめることはなかったので、波照間英盛の娘が平民の後田多家に嫁いだことで、その娘が初代の神司(かみし)になって、ずっと後まで後田多家がつとめることになった。その後、士族も平民の区別がなくなったから、だから私の代になって、山川御嶽の神司をしていた姉が亡くなったから、後の司は、波照間家ということを決めて、この司の功労は帰した。

再生時間:1:04

民話詳細DATA

レコード番号 47O340407
CD番号 47O34C029
決定題名 山川御嶽(共通語)
話者がつけた題名
話者名 後田多朝吉
話者名かな しいただともきち
生年月日 19270108
性別
出身地 沖縄県石垣市字川平
記録日 19960913
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市字川平 T65 A06 
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 姉,山川御嶽,司,川平,波照間英盛,士族,仲間家,首里王府,台風,宮古,神様,娘,後田多家,神司
梗概(こうがい) これは私の姉が山川御嶽の司をやっておりましたから聞いているんですが、川平の波照間家の波照間英盛という士族の人と、仲間家の人が多分貢ぎ物の献上かなんかで首里王府に行った帰りに台風に遭って、命からがら宮古に辿り着くと、宮古の人に助けられたから、そこの山川御嶽の神様を分けて持ってきて川平の山川御嶽はできてる聞いています。波照間家がそこの元になったんです。昔は、士族の方は御嶽の司をつとめることはなかったので、波照間英盛の娘が平民の後田多家に嫁いだことで、その娘が初代の神司(かみし)になって、ずっと後まで後田多家がつとめることになった。その後、士族も平民の区別がなくなったから、だから私の代になって、山川御嶽の神司をしていた姉が亡くなったから、後の司は、波照間家ということを決めて、この司の功労は帰した。
全体の記録時間数 2:57
物語の時間数 1:04
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP