我那覇親雲上(共通語)

概要

我那覇親雲上(がなはぺーちん)という人は石細工が非常に優れていたので、西表の古見の人と一緒に、首里城の石垣を積みに行った。その報酬に二人には田んぼが与えられた。古見の人は証文を石に彫ってもらったが、川平の我那覇親雲上は板に彫ってもらった。それから数十年たって、我那覇親雲上の死んだ後、部落の集会の時に、ある青年が、「この辺は種下ろしする苗代の立派な田なのに一人でこんなに大きな田を占有しておるのは不都合である。」と異議を申し立てた。我那覇親雲上の家では、「いや、これは私の家のものだという証文がある。」と言って裁判を起こしたが、古見の人の証文は残っていたが、我那覇のものはシロアリに食われて文字が見えなくなっていた。証拠が無いので、一番大きい二つの田んぼを我那覇親雲上の家のために残して、残りは部落で配分された。我那覇親雲上の家は、異議を申し立てた青年の家とは結婚しないというふうになった。我那覇親雲上の子孫は今でもいる。

再生時間:4:00

民話詳細DATA

レコード番号 47O340374
CD番号 47O34C026
決定題名 我那覇親雲上(共通語)
話者がつけた題名
話者名 喜舎場兼美
話者名かな きしゃばけんび
生年月日 18991210
性別
出身地 沖縄県石垣市字川平
記録日 19960323
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市字川平 T62 A14  
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 我那覇親雲上,石細工,西表,古見の人,首里城,石垣,報酬,田んぼ,証文,石,板,部落の集会,青年,異議,裁判,シロアリ,証拠
梗概(こうがい) 我那覇親雲上(がなはぺーちん)という人は石細工が非常に優れていたので、西表の古見の人と一緒に、首里城の石垣を積みに行った。その報酬に二人には田んぼが与えられた。古見の人は証文を石に彫ってもらったが、川平の我那覇親雲上は板に彫ってもらった。それから数十年たって、我那覇親雲上の死んだ後、部落の集会の時に、ある青年が、「この辺は種下ろしする苗代の立派な田なのに一人でこんなに大きな田を占有しておるのは不都合である。」と異議を申し立てた。我那覇親雲上の家では、「いや、これは私の家のものだという証文がある。」と言って裁判を起こしたが、古見の人の証文は残っていたが、我那覇のものはシロアリに食われて文字が見えなくなっていた。証拠が無いので、一番大きい二つの田んぼを我那覇親雲上の家のために残して、残りは部落で配分された。我那覇親雲上の家は、異議を申し立てた青年の家とは結婚しないというふうになった。我那覇親雲上の子孫は今でもいる。
全体の記録時間数 4:28
物語の時間数 4:00
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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