川平のドラ鐘(共通語)

概要

昔、川平の白保(シラホという人と石垣の人が中国に暴風で流されていったら、田植えの時期で田植えをしておった。もちろん川平の人も石垣の人も二人とも農家の人で田植えを見ておるとほんとに癪に触るぐらい仕事ができていない。「こんな仕事をして農家といえるかな。」と思って、大きい枡の田んぼがあるから、「ようし、お前らは退きなさい。僕達が大きい田の方を植えよう。仕事はこうするのだよ。」と苗を持ってですね、そんで大きい田んぼの真ん中で二人が分かれるとですね、機械の様にささささっと植えたから、向こうの人は驚いたらしいですな。さあ、それを見ていた向こうの人は、「僕達の田を明日は明後日も植えてくれ。」と頼まれて、全部植えてやったと。そしたら、中国の人はそのお礼をどうしようかと考えて、「何がほしいか。」と言うから、川平のお祭の時の銅鑼鐘が欲しかったからよ、この川平の白保という小父さんはね、「銅鑼鐘が欲しい。」と言って、田植えのお礼に銅鑼鐘をもらって帰ってきて、川平に寄贈した。この銅鑼鐘が鳴る響きがですね、非常に立派な音でしたですよ。私達が青年になるまで、あの銅鑼鐘大事にしておったが、割れてしまった。

再生時間:1:57

民話詳細DATA

レコード番号 47O340293
CD番号 47O34C021
決定題名 川平のドラ鐘(共通語)
話者がつけた題名
話者名 喜舎場兼次郎
話者名かな きしゃばけんじろう
生年月日 19040113
性別
出身地 沖縄県石垣市字川平
記録日 19950913
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市字川平 T57 B07
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 銅鑼鐘,川平,白保,石垣,中国,田植え
梗概(こうがい) 昔、川平の白保(シラホという人と石垣の人が中国に暴風で流されていったら、田植えの時期で田植えをしておった。もちろん川平の人も石垣の人も二人とも農家の人で田植えを見ておるとほんとに癪に触るぐらい仕事ができていない。「こんな仕事をして農家といえるかな。」と思って、大きい枡の田んぼがあるから、「ようし、お前らは退きなさい。僕達が大きい田の方を植えよう。仕事はこうするのだよ。」と苗を持ってですね、そんで大きい田んぼの真ん中で二人が分かれるとですね、機械の様にささささっと植えたから、向こうの人は驚いたらしいですな。さあ、それを見ていた向こうの人は、「僕達の田を明日は明後日も植えてくれ。」と頼まれて、全部植えてやったと。そしたら、中国の人はそのお礼をどうしようかと考えて、「何がほしいか。」と言うから、川平のお祭の時の銅鑼鐘が欲しかったからよ、この川平の白保という小父さんはね、「銅鑼鐘が欲しい。」と言って、田植えのお礼に銅鑼鐘をもらって帰ってきて、川平に寄贈した。この銅鑼鐘が鳴る響きがですね、非常に立派な音でしたですよ。私達が青年になるまで、あの銅鑼鐘大事にしておったが、割れてしまった。
全体の記録時間数 2:44
物語の時間数 1:57
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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