我那覇親雲上(方言)

概要

昔、首里城の新築のときに、石大工や木工も各地区から集められた。川平の宮良家(めーらーやー)の祖先の我那覇親雲上という大工も首里城で働いていた。腕も立つし器用なので、なかなかの評判だった。工事が完成した時、首里城より、「川平の我那覇親雲上は、よく働いてくれた。その功績として川平のナカムルフーナーより上の十二(とぅふた)がら田(だー)(石高)をやる。」とその田と証文の板を貰った。宮良家は栄えた。そのうち世の中は落ち着いてきて、首里城の御巡視(ごじゅんし)が、年に一回か二年に一回とか巡視するようになった。そのときに村人は希望や悩みなどを申し出るようになった。ある年、御巡視が来て皆が集まったとき、一番末っに立ってる人が、立ったり座ったりと落ち着かない様子だったので、役人は「おいおい、一番端っこに座ってる青年。座ったり立ったりしてるが、君は何か希望があるんでないか。」と聞くと、「この川平のナカムルフーナより上の十二(とぅふた)がら田(だー)を個人に与えてもらったために川平は種下ろしの苗代の田んぼがなくて非常に困っています。これを一般に配布してもらいたい。お願いします。」と言う。役人は事情を聞き、宮良家の人に証文を持ってこさせると、その証文の板はシロアリに喰われて字が見えなかった。「字が見えないし、無効になっている。その土地は一般に配分しなさい。」ということになり、それから宮良の田んぼは、一般に配分したということを聞いている。そこははっきりどこの田んぼとか分からんけど(カンダターか?)それから、川平は順調に種下ろししてお米もよく出来たという話。

再生時間:5:39

民話詳細DATA

レコード番号 47O340199
CD番号 47O34C013
決定題名 我那覇親雲上(方言)
話者がつけた題名 ガナハペーチンの話
話者名 南風野英助
話者名かな はえのえいすけ
生年月日 18931206
性別
出身地 沖縄県石垣市字川平
記録日 19760802
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市字川平 T22 A07
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく) むかす
伝承事情 祖父母より
文字化資料
キーワード 首里城,宮良家の祖先,大工,証文,御巡視,シロアリ
梗概(こうがい) 昔、首里城の新築のときに、石大工や木工も各地区から集められた。川平の宮良家(めーらーやー)の祖先の我那覇親雲上という大工も首里城で働いていた。腕も立つし器用なので、なかなかの評判だった。工事が完成した時、首里城より、「川平の我那覇親雲上は、よく働いてくれた。その功績として川平のナカムルフーナーより上の十二(とぅふた)がら田(だー)(石高)をやる。」とその田と証文の板を貰った。宮良家は栄えた。そのうち世の中は落ち着いてきて、首里城の御巡視(ごじゅんし)が、年に一回か二年に一回とか巡視するようになった。そのときに村人は希望や悩みなどを申し出るようになった。ある年、御巡視が来て皆が集まったとき、一番末っに立ってる人が、立ったり座ったりと落ち着かない様子だったので、役人は「おいおい、一番端っこに座ってる青年。座ったり立ったりしてるが、君は何か希望があるんでないか。」と聞くと、「この川平のナカムルフーナより上の十二(とぅふた)がら田(だー)を個人に与えてもらったために川平は種下ろしの苗代の田んぼがなくて非常に困っています。これを一般に配布してもらいたい。お願いします。」と言う。役人は事情を聞き、宮良家の人に証文を持ってこさせると、その証文の板はシロアリに喰われて字が見えなかった。「字が見えないし、無効になっている。その土地は一般に配分しなさい。」ということになり、それから宮良の田んぼは、一般に配分したということを聞いている。そこははっきりどこの田んぼとか分からんけど(カンダターか?)それから、川平は順調に種下ろししてお米もよく出来たという話。
全体の記録時間数 6:04
物語の時間数 5:39
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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