橋をかけた仲尾次主(共通語)

概要

仲尾次(なかおし)セイエイという方はね、琉球王の役人だったらしいさね。以前は儒教を大切にしていたが、その方が役人であったころ琉球王は、「儒教あんまりおもしくない。仏教は非常に教えがいいから、禅宗の仏教を信じなきゃいけない。」と言っていた。これは王様の命令だから、それ以外を信じた場合には処刑されるわけですからね。挑林寺は、仏教のうちでも禅宗になったと言うわけさね。その時に、仲尾次セイエイさんは伝わってきた真宗を信じていたわけですよ。これは、仲尾次セイエイが信仰的に、王府には反抗していると言うことで、「沖縄は禅宗なのに、なぜ役人でありながら真宗を信じるか。」と言うことで、仲尾次セイエイさんは八重山に島流しされたと言うさね。ところがセイエイさんは八重山に来てみたら、宮良橋がないためにワタンジャーで、みんなが乗ると渡しの役人がこうこうして渡しておって、元はあったんだけれど小さくて、洪水の来る度に流されて大変不自由をしていると。そんならと言うわけで、一人でもできなかったわけだから、やっぱり八重山の人を動員して協力してもらって、今の橋のところを測って、五寸角、十四尺の長さの材木で作った暗渠(あんきょ)を十何カ所か並べて宮良橋のところを通れるようにしたんです。その橋を仲尾次さんが作ったということが、琉球王に達してね、「八重山の人をまとめて橋を架けたから、あんたの罪はこれでいい。」と言うことで、赦免になって再び復職なさったと言うことなんですよ。その時に作った歌が二つほどあって、舞踊化されていますよ。これは、宮良の港のところには橋はなかったが、仲尾次さんのおかげで橋ができて非常にうれしいとかそう言う歌です。この仲尾次さんは、長いこと滞在されておられたから、子供でもどっか作られたんじゃないですか。それで、子孫が新川にいるということを聞いた覚えがあるんですよ。その仲尾次さんが作った宮良橋のところには、私達の小さいころも、多くの小さな暗渠があって、私達もあの橋を渡って大浜のほうに学校出たんだがね。もっともこの暗渠も流されて宮良川が渡れなくなり、学校休んだときがあるんですよ。

再生時間:7:19

民話詳細DATA

レコード番号 47O340671
CD番号 47O34C048
決定題名 橋をかけた仲尾次主(共通語)
話者がつけた題名 宮良橋の話
話者名 東成底光秀
話者名かな ひがしなりそこみつひで
生年月日 19130127
性別
出身地 沖縄県石垣市字宮良
記録日 19960913
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市字宮良 T111 B03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 仲尾次セイエイ,琉球王の役人,儒教,仏教,禅宗,王様の命令,処刑,挑林寺,真宗,反抗,八重山,島流し,宮良橋,ワタンジャー,渡し,洪水,不自由,材木で,暗渠,赦免,復職,歌,舞踊,子孫,新川,宮良川
梗概(こうがい) 仲尾次(なかおし)セイエイという方はね、琉球王の役人だったらしいさね。以前は儒教を大切にしていたが、その方が役人であったころ琉球王は、「儒教あんまりおもしくない。仏教は非常に教えがいいから、禅宗の仏教を信じなきゃいけない。」と言っていた。これは王様の命令だから、それ以外を信じた場合には処刑されるわけですからね。挑林寺は、仏教のうちでも禅宗になったと言うわけさね。その時に、仲尾次セイエイさんは伝わってきた真宗を信じていたわけですよ。これは、仲尾次セイエイが信仰的に、王府には反抗していると言うことで、「沖縄は禅宗なのに、なぜ役人でありながら真宗を信じるか。」と言うことで、仲尾次セイエイさんは八重山に島流しされたと言うさね。ところがセイエイさんは八重山に来てみたら、宮良橋がないためにワタンジャーで、みんなが乗ると渡しの役人がこうこうして渡しておって、元はあったんだけれど小さくて、洪水の来る度に流されて大変不自由をしていると。そんならと言うわけで、一人でもできなかったわけだから、やっぱり八重山の人を動員して協力してもらって、今の橋のところを測って、五寸角、十四尺の長さの材木で作った暗渠(あんきょ)を十何カ所か並べて宮良橋のところを通れるようにしたんです。その橋を仲尾次さんが作ったということが、琉球王に達してね、「八重山の人をまとめて橋を架けたから、あんたの罪はこれでいい。」と言うことで、赦免になって再び復職なさったと言うことなんですよ。その時に作った歌が二つほどあって、舞踊化されていますよ。これは、宮良の港のところには橋はなかったが、仲尾次さんのおかげで橋ができて非常にうれしいとかそう言う歌です。この仲尾次さんは、長いこと滞在されておられたから、子供でもどっか作られたんじゃないですか。それで、子孫が新川にいるということを聞いた覚えがあるんですよ。その仲尾次さんが作った宮良橋のところには、私達の小さいころも、多くの小さな暗渠があって、私達もあの橋を渡って大浜のほうに学校出たんだがね。もっともこの暗渠も流されて宮良川が渡れなくなり、学校休んだときがあるんですよ。
全体の記録時間数 7:54
物語の時間数 7:19
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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