昔、大城師番という人がいた。大城師番は宮良と仲筋を担当する役人だった。宮良にいるときは、タカラ家に住んでいた。仲筋部落から来た時に、名蔵湾のあたりに子馬で主のいない放れ馬がいたので、捕えて村まで連れてきた。神から授かった馬だったかもしれない。大城師番が、その馬を乗り馴らししたら、とても素晴らしい馬になった。そのうちその馬のことが 中山王の知るところとなった。このような素晴らしい馬は御主加那志が乗るべきだということで献上されることになった。大城師番はやむなく馬を届けた。ところが馬が王のところにつくと、暴れて言うことを聞かなくなった。これは大城師番が王を殺そうとして暴れ馬を渡したのだということになって、大城師番を呼びつけた。大城師番は死を覚悟して、皆に別れを告げて沖縄に向かった。大城師番が馬の前に現れると、馬は喜び、大城師番が乗ると、素晴らしい走りを見せた。馬は家族のようになついていた。これを王が見て「この馬はお前だけに神が授けたものだから、もって帰れ」と言われ、光徳と書いた額と扇子を貰った。その時に歌ったのが赤馬節で、それから八重山ではおめでたい席で歌われるようになった。大城師番とともに赤馬が帰って来たその後には二つの説があるらしい。一つは、その後同じように島津藩に馬を渡すように言われて船に乗せたが、平久保崎の辺りで台風にあって船もろとも沈んだが、この馬は泳ぎ渡って師番の家にたどり着き、そこで力尽きたという話。これは喜舎場さんが研究発表したもので、もう一つは村のお年寄りから聞いた話。琉球王のところで赤馬を乗り馴らすことができなかった馬役が王に怒られた恨みから馬場に隠し穴を掘って、はまったところを殺そうと考えていた。そのことが辻の女朗の知るところとなり、女郎は親しくなった大城師番に、穴の上に馬の糞を置くから、それを目印にして飛べと教え手くれたので、馬は助かった。宮良から、仲筋へ行く途中に大城師番は、自分の墓をここに作りなさいと言われた。そこには石をくりぬいて造られた大城師番の墓がある。今でもその墓は残っていて、七月七夕に子孫が拝んでいる。
| レコード番号 | 47O340670 |
|---|---|
| CD番号 | 47O34C048 |
| 決定題名 | 赤馬節由来(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 東成底光秀 |
| 話者名かな | ひがしなりそこみつひで |
| 生年月日 | 19130127 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県石垣市字宮良 |
| 記録日 | 19960913 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石垣市字宮良 T111 B02 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 大城師番,宮良,仲筋,役人,タカラ家,名蔵湾,子馬,放れ馬,神から授かった,乗り馴らし,素晴らしい馬,中山王,御主加那志,献上,暴れ馬,死を覚悟,喜び,光徳,額,扇子,赤馬節,八重山,おめでたい席,歌われる,島津藩,船,台風,泳ぎ渡って,喜舎場さん,研究発表,村のお年寄り,馬役,怒られた,恨み,穴,辻の女朗,馬の糞,目印,助かった,墓,七月七夕 |
| 梗概(こうがい) | 昔、大城師番という人がいた。大城師番は宮良と仲筋を担当する役人だった。宮良にいるときは、タカラ家に住んでいた。仲筋部落から来た時に、名蔵湾のあたりに子馬で主のいない放れ馬がいたので、捕えて村まで連れてきた。神から授かった馬だったかもしれない。大城師番が、その馬を乗り馴らししたら、とても素晴らしい馬になった。そのうちその馬のことが 中山王の知るところとなった。このような素晴らしい馬は御主加那志が乗るべきだということで献上されることになった。大城師番はやむなく馬を届けた。ところが馬が王のところにつくと、暴れて言うことを聞かなくなった。これは大城師番が王を殺そうとして暴れ馬を渡したのだということになって、大城師番を呼びつけた。大城師番は死を覚悟して、皆に別れを告げて沖縄に向かった。大城師番が馬の前に現れると、馬は喜び、大城師番が乗ると、素晴らしい走りを見せた。馬は家族のようになついていた。これを王が見て「この馬はお前だけに神が授けたものだから、もって帰れ」と言われ、光徳と書いた額と扇子を貰った。その時に歌ったのが赤馬節で、それから八重山ではおめでたい席で歌われるようになった。大城師番とともに赤馬が帰って来たその後には二つの説があるらしい。一つは、その後同じように島津藩に馬を渡すように言われて船に乗せたが、平久保崎の辺りで台風にあって船もろとも沈んだが、この馬は泳ぎ渡って師番の家にたどり着き、そこで力尽きたという話。これは喜舎場さんが研究発表したもので、もう一つは村のお年寄りから聞いた話。琉球王のところで赤馬を乗り馴らすことができなかった馬役が王に怒られた恨みから馬場に隠し穴を掘って、はまったところを殺そうと考えていた。そのことが辻の女朗の知るところとなり、女郎は親しくなった大城師番に、穴の上に馬の糞を置くから、それを目印にして飛べと教え手くれたので、馬は助かった。宮良から、仲筋へ行く途中に大城師番は、自分の墓をここに作りなさいと言われた。そこには石をくりぬいて造られた大城師番の墓がある。今でもその墓は残っていて、七月七夕に子孫が拝んでいる。 |
| 全体の記録時間数 | 16:51 |
| 物語の時間数 | 15:50 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |