赤蜂が生まれた所ははっきりは分からんけど、波照間のね、東の海の側にミンピガーという海の潮が吹き
出てるところがあるんだよ。向こうの側にあの赤蜂さんは赤ちゃんのとき、捨てられて泣いておったもんだ
から、島の人が見つけて、それで、年寄りに、「変な子供がいるから。」と相談したら、その年寄りがよ、
「東に向かってよ、泣いておったら連れてきなさい。西に向かって泣いておったら連れてくるな。」といっ
て言われたらしいんだよ。そしたら、おじさんが見た子供は海岸で東に向かってから泣いておった。「じゃ
あ、そしたらね、これを連れてきなさい。」と言われたもんだから、見つけた人がね、家に連れて来るわけ
さ。そして、もうこの子を養うと、大きくなって、もう体格もいいしな、力持ちになってよ、頭もとっても
いいらしいんだよ。したらね、「もうこんな人がいない。」と、そのときから波照間のお婆さんところで養
われているわけさ。
そしたらね、赤ちゃんはどんどん大きくなってね、幾つとは分からんけどね、「自分は波照間の島は小さ
いから、いや、もうちょっと大きい所に行ってくる。」といって、この石垣島に来たらしいんだよ。石垣島
に来てから、赤蜂はね、あちこち見てから、「もう自分の住むところは、もう大浜は農家だから、自分は農
民のところがいい。」と言ってね、大浜に来たらしいんだよ。そしたら、赤蜂は、とにかくよもう唐人みた
いにして、鼻高くしてよ、口もこのぐらい大きくて、とにかく大きかったと。そしたら、同じ波照間に生ま
れて、早く石垣に来ておった長田大主(なーたふず)と言う人がおったさ。その長田大主は、石垣に早く渡
って、赤蜂は後から来てるわけさあな。そのころは、もう長田大主は、最初来ていて、石垣の統一をしたん
だから威張っておったってね。だから、この赤蜂はもう大浜に来て大浜の農民の味方になっていったって。
昔の人頭税っていうのはね、こっちから女は反物を織って沖縄の王様のところに送るでしょう。農民は十六
歳になったら、それからもう米から粟からもう一人いくらというふうに決めてが送るわけさあ。わざわざ沖
縄からこう。だからもう農民は昔は手で、手で耕してからやるでしょう。これをね、牛も牛もいないんだか
らこれをたくさん作れないでしょう。で、作って食うのにやっとでもう自分の一家しか食べられないけど、
穀物を沖縄送らんともうたいへんだからね、沖縄に送るわけさ。そしたらね、長田大主(ながた うーずー
)は、一緒になってからよ、「あなたは少ない。みんな出せ。」とまあ、命令したらしいんだな。そしたら
、最初は、赤蜂あれが怒ってるんだ。「みんな沖縄から王様のところに送ってよ、農民は何を食べるか。」
と、赤蜂はあれからが暴れ出したと話は聞いておるんだよな。赤蜂はもうとにかく自分の畑なんかないでし
ょ。それで、「自分もこれを作らないといかん。」といってね、赤蜂はすぐ、畑なんか作らせてもらったか
ら、農家に恩義があるわけさ。だからもう赤蜂にだいたい起こることはこれからが大事ですよ。あんたがた
もね、人頭税と昔あったと話聞いたでしょ。赤蜂が怒ったのは、長田大主のやり方が悪かったんじゃない。
政府と一つなってね、人頭税の時にもう農民をあんまり馬鹿にしたんだ。また、長田大主は、波照間で赤蜂
を知っているから、「赤蜂と言う人間が、この大浜に来たから、もう結局これを早く殺してしまわんと大変
。大浜には赤蜂の屋敷があるから。」と言ってね、赤蜂を征伐に大浜に来るけどよ、幾ら来てもかなわない
わけさ。
それからもう長田大主は、赤蜂さんはね、腕力が強くてかなわないから、「赤蜂が自分を殺そうとするん
だったら、もうこうして、自分の妹の古乙姥(くいつば)を赤蜂にくれれば自分に手向かいしないだろう。
」と思ったもんだからね、赤蜂の妻に古乙姥をよこしたと話も聞いているわけさあな。古乙姥さんは、長田
大主は、命令でね、「赤蜂の妻になれ。」と言って、無理矢理推されてきてるんだよ。そして、古乙姥に、
「お前を妻にしたら赤蜂を早く殺せ。早く薬も飲ましてよ、赤蜂死なせ。」と命令したらしいな。命令して
るけど、妻の古乙姥はね、この赤蜂見てね、赤蜂は人間があっさりしてるからよ、赤蜂は精神もいいから、
古乙姥は自分の夫を殺せないでしょう。古乙姥は、「もう自分は、赤蜂の妻だから絶対赤蜂を殺さない。薬
も飲まさない。」と頑張って言っておる。だから、長田大主は、「それじゃ、自分に手向かいするから、お
前は赤蜂と一つだ。」と言うてよ、後で、古乙姥も殺したるわけさ。
それからもう赤蜂が怒って、長田大主に、「会おう。」と言ったら、長田大主は、川平(かびら)の仲間
満慶(なかまみつけ)にもよ、「早く行って、大浜の赤蜂殺せ。」と、連絡したわけさ。それで、仲間満慶
と長田大主は一緒になって赤蜂を殺す計画をしたわけさ。とにかくもう仲間満慶はもう川平の偉人であるわ
けさ。だから、仲間満慶は本当に川平ではもう有名になってるわけだ。それで、この仲間満慶は、長田大主
と一緒になったんでしょうな。長田大主もここに呼んで一緒になったわけよ。そしたら、赤蜂と言う人はね
、頭もいいから、「あはあ、これいついつ自分殺しにくる。」とすぐ分かっているからね、赤蜂には、部下
が二人居ったわけさあな。赤蜂がね、この部下によ、名蔵湾の向こうに切り通しがあるさ。それに行って待
たして、あの仲間満慶が赤蜂殺しに来るときによ、この赤蜂の部下の二人が、名蔵のケーラ崎の所で、その
赤蜂の部下が仲間満慶を殺して捨ててあるわけさ。それで、川平に死んだ仲間満慶を森に埋めてあるか何か
分からんけどね、仲間森とあるらしいんだよ。だから向こうは、名蔵の行く道の側によ、仲間満慶のもう大
きい碑が立っておるよ。それで、もうその後、長田大主に味方した平久保の平久保按司(ひらく ぼ あん
じ)、あれも赤蜂に殺された。長田大主は、仲間満慶も平久保按司も殺されとるもんだから、「もう仲間満
慶が殺されたし、沖縄からまだ援軍が来ない。自分はこっちにおれない。」ともう西表に逃げてさ、沖縄の首里王によ、「八重山にこういう赤蜂が居るからね、早く来んといかない。」と連絡したるわけさ。
そしたら、首里王は、「頭偉いし、もう強いから殺していかん。赤蜂は絶対に殺すな。殺さずに捕虜にし
て連れて来い。」と言ってね、宮古の豊見親(とぅゆみゃあ)って人連れてね、沖縄から船は何十艘って言
ったか、何百の兵隊が来たけわけさ。赤蜂はもう仲間満慶も殺された。長田大主は逃げているからよ、「もう大丈夫。」と思ってるときによ、沖縄から、王様の兵隊さんもたくさんもう何百名と言われてるけど、来てるから、「もう許さない。」と言って、あれから赤蜂は暴れたわけさ。赤蜂はまた頭が良いからね、これが来るもんだと思ってね、甕(かみ)によ、人間みたいによ、蓑笠被して、案山子を作って、石垣の海岸にずうっとね、置いたるわけさ。あれをね、全部揃えてよ。こっち蓑っていうのアダン葉で作った蓑が昔あのあったからよ、あれをね、甕に着けさして、そして、大砲みたいな物を棒で作ってよ、それを甕の側に置いて、海に向かって撃つ。だからね、そうしたらな、沖縄から来た征伐に来た王様の部下と兵隊なんかは、「石垣の町には兵隊がたくさん居るからな、注意せえ。」と思ってね、上陸できないでしょ。弓矢ですぐ赤蜂の味方を打つわけさ。そしたら、これは案山子だから、赤蜂の軍は打っても死なないでしょ。沖縄から来る王様の兵隊なんかは良くできてるから案山子とはわからんわけさ。それに、本人の赤蜂はどこにいるのかもからん。それで、崎原と言ったかな、向こうに回ってきて上がっるわけさ。そいで来たらね、これは人じゃ無くして、甕に蓑笠して、偽造してあるでしょ。あれから沖縄から来た兵隊は、どんど来たら、もう蜂人はこっちの人間でしょ。鉄砲もあんなの無いさあ。それでね、あの人があんまりもう強いもんだからね、赤蜂を見ると、沖縄から来た赤蜂征伐に来た人がね、大体はみんな逃げてるんだよ。
逃げてるけどよ、また行って船から降りてきているからね、赤蜂はもう追っ払った後、大浜の底原(そこばる)に逃げたわけさ。だから、もう一つ言えば、沖縄から王様の兵隊がいくら来ても赤蜂のいる場所が分からんけどね、とにかくもう赤蜂の計らいには負けてるでしょう。負けてるから、「この赤蜂はこれはもう大変な人間だ。」と思ってね。そのうちに赤蜂は、もう沖縄来とるの知ってるから逃げてるけど、自分一人じゃ出来ないでしょ。部下を三名用意して、そして、逃げて茅寝(かやに)という茅が敷いてあるところ、スニタバルだな。あそこの底原によ、大きな木、シーニーと言う木がある訳さ。その大きな木に登ってよ、晩御飯食べておったんだよな。そのうちに、自分の下には、あの沖縄の兵隊方がたまるでしょ。弓を構えて蜂の打つけど、赤蜂はくるみの箸で矢を挟んで捨ててよ、また挟んで捨てたという話だからよ。あともうこうも弓もなかったんでんでしょうな。そしてね、もうみんな沖縄から来てる兵隊も、矢がなくなっていいでしょ。「もうこれは大変だ。あれは絶対殺せない。」と言って、隠れておったでしょうな。それから赤蜂は、「まあ安心だ。もうあれなんか弓はあれだけしかないかな。」と思って降りてきたでしょうな。降りてきたら、自分の兵隊も沖縄からの兵隊も居ないわけさあな。このときの王様の命令は、「殺していか。」ということだったが、赤蜂があんまり強いもんだから、捕まえる者もいないんだよ。
赤蜂はね、それから、木から降りてきて、大浜の底原という田んぼによ、スニタバルという田んぼがある。その田んぼで隠れておったか分からんけど、眠っているときに殺されてるんだよ。だからむこうの底原ちゃんとシーニタバルと言うところがあるさ。とにかく赤蜂は、もう強かったでしょうな。長田大主は、蜂が殺された後に西表から帰ってきたら、王様は、長田大主を沖縄に呼び出しさせられたんでしょうな。して、王様は、あんな強い者をね、自分のところに置けばまだ役に立つから、殺さんでいいでしょう。王様はもう赤蜂は殺したらいかんと思っていたから、「殺さずに捕虜にして連れて来いと命令したのに何で殺て首持ってきたか。」とあれなんか罰されたって。そんなもう話だからな、私らもあんまり長田大主がどnなやって死んだかこれも分からんさ。この長田大主はな、あれは祀られてないよ。 赤蜂が死んだ後は、とうとう赤蜂の妻の古乙姥も殺されてよ、それで、長田大主は、古乙姥を殺した後に、真乙姥(まいつば)御嶽のお宮の側によ、石で積んで埋めたみたい。そこは、人がたくさん通るところだから、古乙姥のお墓を人にぼんぼん踏みつけさせてあるさ。今までは豊年祭の時によ、「古乙姥はね、赤蜂殺さないから許さないから。」と言うてね、どんどん、どんどん、人に踏ましておったと。
今はね、赤蜂、碑つくったるでしょう。それで、赤蜂と古乙姥の二人は、一緒にせんといかんさあな。「古乙姥は、赤蜂の妻だからあんなしてはいけない。赤蜂の碑の側に連れてきて置いた方が、いいでないかね。」とこっちもうちゃんと埋めてある赤蜂の側に、古乙姥の遺骨を埋めようと、大浜から取りにいったけどよ、あの長田大主の親戚連中がね、古乙姥の骨をね、大浜には、取らさないと言うたらしいんだけど、そのうちに、あっちの司に、古乙姥の祟りがあったから、墓は向こうにあったんだが、これは古乙姥の遺骨だって、あのお宮の所から持ってきて、今こっちの赤蜂の碑の後ろこういうふうにね、祀ってあるしょ。これは何年になるか、七、八年に前になる。 それと長田大主は、赤蜂を殺した後から、古乙姥を殺したんじゃないかな。それはそうと、何か分からんけどよ、とにかくね、こっちに昔からもう、これはもうオヤケ赤蜂の右足という跡は、こんなしてちゃーんとある。右足はこんなあるけどよ、この左足がないさ。話聞いたらよ、左足はね、宮良の先にがあると昔の人はおっしゃるからよ。ああんな、これ嘘と言ってね。そしてね、内地から向こうから来る人よ、「次呂久さんですか。」「はい。」でぃんが、「赤蜂の足があるっていうんだけど。」「これ足跡はあるけど、これ赤蜂の足か、わしは分からないよう。形しかないよう。」と言ってね、「見せてちょうだい。」って、わし連れていって見せるんだよ。
そうしてね、こんなしておったからよ、大浜のカイニっていうところがあるさ。新川の川原部落の一番高ところがあるさ。向こうを腰なして、それで於茂登山をね、枕にして眠ったという話があるでしょう。こんな話が本当にあるか。とにかくね、この足も赤蜂かそれは分からない。片足は宮良の先にあるっておっしゃるからがよ、人間のこれこっちに背中して向こうにするっていたら、一里あるよ。こっちから、どんなにしてする。だからね、あんなして嘘話があるけど、とにかく、まずおっきい人であったるはず。
| レコード番号 | 47O150341 |
|---|---|
| CD番号 | 47O15C020 |
| 決定題名 | オヤケ赤蜂(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 次呂久正雄 |
| 話者名かな | じろくまさお |
| 生年月日 | 19160405 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 石垣市大浜 |
| 記録日 | 19940823 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石垣市大浜T98A01 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 大浜の民話(平成7年度卒業論文)P18 |
| キーワード | オヤケ赤蜂 |
| 梗概(こうがい) | 赤蜂が生まれた所ははっきりは分からんけど、波照間のね、東の海の側にミンピガーという海の潮が吹き 出てるところがあるんだよ。向こうの側にあの赤蜂さんは赤ちゃんのとき、捨てられて泣いておったもんだ から、島の人が見つけて、それで、年寄りに、「変な子供がいるから。」と相談したら、その年寄りがよ、 「東に向かってよ、泣いておったら連れてきなさい。西に向かって泣いておったら連れてくるな。」といっ て言われたらしいんだよ。そしたら、おじさんが見た子供は海岸で東に向かってから泣いておった。「じゃ あ、そしたらね、これを連れてきなさい。」と言われたもんだから、見つけた人がね、家に連れて来るわけ さ。そして、もうこの子を養うと、大きくなって、もう体格もいいしな、力持ちになってよ、頭もとっても いいらしいんだよ。したらね、「もうこんな人がいない。」と、そのときから波照間のお婆さんところで養 われているわけさ。 そしたらね、赤ちゃんはどんどん大きくなってね、幾つとは分からんけどね、「自分は波照間の島は小さ いから、いや、もうちょっと大きい所に行ってくる。」といって、この石垣島に来たらしいんだよ。石垣島 に来てから、赤蜂はね、あちこち見てから、「もう自分の住むところは、もう大浜は農家だから、自分は農 民のところがいい。」と言ってね、大浜に来たらしいんだよ。そしたら、赤蜂は、とにかくよもう唐人みた いにして、鼻高くしてよ、口もこのぐらい大きくて、とにかく大きかったと。そしたら、同じ波照間に生ま れて、早く石垣に来ておった長田大主(なーたふず)と言う人がおったさ。その長田大主は、石垣に早く渡 って、赤蜂は後から来てるわけさあな。そのころは、もう長田大主は、最初来ていて、石垣の統一をしたん だから威張っておったってね。だから、この赤蜂はもう大浜に来て大浜の農民の味方になっていったって。 昔の人頭税っていうのはね、こっちから女は反物を織って沖縄の王様のところに送るでしょう。農民は十六 歳になったら、それからもう米から粟からもう一人いくらというふうに決めてが送るわけさあ。わざわざ沖 縄からこう。だからもう農民は昔は手で、手で耕してからやるでしょう。これをね、牛も牛もいないんだか らこれをたくさん作れないでしょう。で、作って食うのにやっとでもう自分の一家しか食べられないけど、 穀物を沖縄送らんともうたいへんだからね、沖縄に送るわけさ。そしたらね、長田大主(ながた うーずー )は、一緒になってからよ、「あなたは少ない。みんな出せ。」とまあ、命令したらしいんだな。そしたら 、最初は、赤蜂あれが怒ってるんだ。「みんな沖縄から王様のところに送ってよ、農民は何を食べるか。」 と、赤蜂はあれからが暴れ出したと話は聞いておるんだよな。赤蜂はもうとにかく自分の畑なんかないでし ょ。それで、「自分もこれを作らないといかん。」といってね、赤蜂はすぐ、畑なんか作らせてもらったか ら、農家に恩義があるわけさ。だからもう赤蜂にだいたい起こることはこれからが大事ですよ。あんたがた もね、人頭税と昔あったと話聞いたでしょ。赤蜂が怒ったのは、長田大主のやり方が悪かったんじゃない。 政府と一つなってね、人頭税の時にもう農民をあんまり馬鹿にしたんだ。また、長田大主は、波照間で赤蜂 を知っているから、「赤蜂と言う人間が、この大浜に来たから、もう結局これを早く殺してしまわんと大変 。大浜には赤蜂の屋敷があるから。」と言ってね、赤蜂を征伐に大浜に来るけどよ、幾ら来てもかなわない わけさ。 それからもう長田大主は、赤蜂さんはね、腕力が強くてかなわないから、「赤蜂が自分を殺そうとするん だったら、もうこうして、自分の妹の古乙姥(くいつば)を赤蜂にくれれば自分に手向かいしないだろう。 」と思ったもんだからね、赤蜂の妻に古乙姥をよこしたと話も聞いているわけさあな。古乙姥さんは、長田 大主は、命令でね、「赤蜂の妻になれ。」と言って、無理矢理推されてきてるんだよ。そして、古乙姥に、 「お前を妻にしたら赤蜂を早く殺せ。早く薬も飲ましてよ、赤蜂死なせ。」と命令したらしいな。命令して るけど、妻の古乙姥はね、この赤蜂見てね、赤蜂は人間があっさりしてるからよ、赤蜂は精神もいいから、 古乙姥は自分の夫を殺せないでしょう。古乙姥は、「もう自分は、赤蜂の妻だから絶対赤蜂を殺さない。薬 も飲まさない。」と頑張って言っておる。だから、長田大主は、「それじゃ、自分に手向かいするから、お 前は赤蜂と一つだ。」と言うてよ、後で、古乙姥も殺したるわけさ。 それからもう赤蜂が怒って、長田大主に、「会おう。」と言ったら、長田大主は、川平(かびら)の仲間 満慶(なかまみつけ)にもよ、「早く行って、大浜の赤蜂殺せ。」と、連絡したわけさ。それで、仲間満慶 と長田大主は一緒になって赤蜂を殺す計画をしたわけさ。とにかくもう仲間満慶はもう川平の偉人であるわ けさ。だから、仲間満慶は本当に川平ではもう有名になってるわけだ。それで、この仲間満慶は、長田大主 と一緒になったんでしょうな。長田大主もここに呼んで一緒になったわけよ。そしたら、赤蜂と言う人はね 、頭もいいから、「あはあ、これいついつ自分殺しにくる。」とすぐ分かっているからね、赤蜂には、部下 が二人居ったわけさあな。赤蜂がね、この部下によ、名蔵湾の向こうに切り通しがあるさ。それに行って待 たして、あの仲間満慶が赤蜂殺しに来るときによ、この赤蜂の部下の二人が、名蔵のケーラ崎の所で、その 赤蜂の部下が仲間満慶を殺して捨ててあるわけさ。それで、川平に死んだ仲間満慶を森に埋めてあるか何か 分からんけどね、仲間森とあるらしいんだよ。だから向こうは、名蔵の行く道の側によ、仲間満慶のもう大 きい碑が立っておるよ。それで、もうその後、長田大主に味方した平久保の平久保按司(ひらく ぼ あん じ)、あれも赤蜂に殺された。長田大主は、仲間満慶も平久保按司も殺されとるもんだから、「もう仲間満 慶が殺されたし、沖縄からまだ援軍が来ない。自分はこっちにおれない。」ともう西表に逃げてさ、沖縄の首里王によ、「八重山にこういう赤蜂が居るからね、早く来んといかない。」と連絡したるわけさ。 そしたら、首里王は、「頭偉いし、もう強いから殺していかん。赤蜂は絶対に殺すな。殺さずに捕虜にし て連れて来い。」と言ってね、宮古の豊見親(とぅゆみゃあ)って人連れてね、沖縄から船は何十艘って言 ったか、何百の兵隊が来たけわけさ。赤蜂はもう仲間満慶も殺された。長田大主は逃げているからよ、「もう大丈夫。」と思ってるときによ、沖縄から、王様の兵隊さんもたくさんもう何百名と言われてるけど、来てるから、「もう許さない。」と言って、あれから赤蜂は暴れたわけさ。赤蜂はまた頭が良いからね、これが来るもんだと思ってね、甕(かみ)によ、人間みたいによ、蓑笠被して、案山子を作って、石垣の海岸にずうっとね、置いたるわけさ。あれをね、全部揃えてよ。こっち蓑っていうのアダン葉で作った蓑が昔あのあったからよ、あれをね、甕に着けさして、そして、大砲みたいな物を棒で作ってよ、それを甕の側に置いて、海に向かって撃つ。だからね、そうしたらな、沖縄から来た征伐に来た王様の部下と兵隊なんかは、「石垣の町には兵隊がたくさん居るからな、注意せえ。」と思ってね、上陸できないでしょ。弓矢ですぐ赤蜂の味方を打つわけさ。そしたら、これは案山子だから、赤蜂の軍は打っても死なないでしょ。沖縄から来る王様の兵隊なんかは良くできてるから案山子とはわからんわけさ。それに、本人の赤蜂はどこにいるのかもからん。それで、崎原と言ったかな、向こうに回ってきて上がっるわけさ。そいで来たらね、これは人じゃ無くして、甕に蓑笠して、偽造してあるでしょ。あれから沖縄から来た兵隊は、どんど来たら、もう蜂人はこっちの人間でしょ。鉄砲もあんなの無いさあ。それでね、あの人があんまりもう強いもんだからね、赤蜂を見ると、沖縄から来た赤蜂征伐に来た人がね、大体はみんな逃げてるんだよ。 逃げてるけどよ、また行って船から降りてきているからね、赤蜂はもう追っ払った後、大浜の底原(そこばる)に逃げたわけさ。だから、もう一つ言えば、沖縄から王様の兵隊がいくら来ても赤蜂のいる場所が分からんけどね、とにかくもう赤蜂の計らいには負けてるでしょう。負けてるから、「この赤蜂はこれはもう大変な人間だ。」と思ってね。そのうちに赤蜂は、もう沖縄来とるの知ってるから逃げてるけど、自分一人じゃ出来ないでしょ。部下を三名用意して、そして、逃げて茅寝(かやに)という茅が敷いてあるところ、スニタバルだな。あそこの底原によ、大きな木、シーニーと言う木がある訳さ。その大きな木に登ってよ、晩御飯食べておったんだよな。そのうちに、自分の下には、あの沖縄の兵隊方がたまるでしょ。弓を構えて蜂の打つけど、赤蜂はくるみの箸で矢を挟んで捨ててよ、また挟んで捨てたという話だからよ。あともうこうも弓もなかったんでんでしょうな。そしてね、もうみんな沖縄から来てる兵隊も、矢がなくなっていいでしょ。「もうこれは大変だ。あれは絶対殺せない。」と言って、隠れておったでしょうな。それから赤蜂は、「まあ安心だ。もうあれなんか弓はあれだけしかないかな。」と思って降りてきたでしょうな。降りてきたら、自分の兵隊も沖縄からの兵隊も居ないわけさあな。このときの王様の命令は、「殺していか。」ということだったが、赤蜂があんまり強いもんだから、捕まえる者もいないんだよ。 赤蜂はね、それから、木から降りてきて、大浜の底原という田んぼによ、スニタバルという田んぼがある。その田んぼで隠れておったか分からんけど、眠っているときに殺されてるんだよ。だからむこうの底原ちゃんとシーニタバルと言うところがあるさ。とにかく赤蜂は、もう強かったでしょうな。長田大主は、蜂が殺された後に西表から帰ってきたら、王様は、長田大主を沖縄に呼び出しさせられたんでしょうな。して、王様は、あんな強い者をね、自分のところに置けばまだ役に立つから、殺さんでいいでしょう。王様はもう赤蜂は殺したらいかんと思っていたから、「殺さずに捕虜にして連れて来いと命令したのに何で殺て首持ってきたか。」とあれなんか罰されたって。そんなもう話だからな、私らもあんまり長田大主がどnなやって死んだかこれも分からんさ。この長田大主はな、あれは祀られてないよ。 赤蜂が死んだ後は、とうとう赤蜂の妻の古乙姥も殺されてよ、それで、長田大主は、古乙姥を殺した後に、真乙姥(まいつば)御嶽のお宮の側によ、石で積んで埋めたみたい。そこは、人がたくさん通るところだから、古乙姥のお墓を人にぼんぼん踏みつけさせてあるさ。今までは豊年祭の時によ、「古乙姥はね、赤蜂殺さないから許さないから。」と言うてね、どんどん、どんどん、人に踏ましておったと。 今はね、赤蜂、碑つくったるでしょう。それで、赤蜂と古乙姥の二人は、一緒にせんといかんさあな。「古乙姥は、赤蜂の妻だからあんなしてはいけない。赤蜂の碑の側に連れてきて置いた方が、いいでないかね。」とこっちもうちゃんと埋めてある赤蜂の側に、古乙姥の遺骨を埋めようと、大浜から取りにいったけどよ、あの長田大主の親戚連中がね、古乙姥の骨をね、大浜には、取らさないと言うたらしいんだけど、そのうちに、あっちの司に、古乙姥の祟りがあったから、墓は向こうにあったんだが、これは古乙姥の遺骨だって、あのお宮の所から持ってきて、今こっちの赤蜂の碑の後ろこういうふうにね、祀ってあるしょ。これは何年になるか、七、八年に前になる。 それと長田大主は、赤蜂を殺した後から、古乙姥を殺したんじゃないかな。それはそうと、何か分からんけどよ、とにかくね、こっちに昔からもう、これはもうオヤケ赤蜂の右足という跡は、こんなしてちゃーんとある。右足はこんなあるけどよ、この左足がないさ。話聞いたらよ、左足はね、宮良の先にがあると昔の人はおっしゃるからよ。ああんな、これ嘘と言ってね。そしてね、内地から向こうから来る人よ、「次呂久さんですか。」「はい。」でぃんが、「赤蜂の足があるっていうんだけど。」「これ足跡はあるけど、これ赤蜂の足か、わしは分からないよう。形しかないよう。」と言ってね、「見せてちょうだい。」って、わし連れていって見せるんだよ。 そうしてね、こんなしておったからよ、大浜のカイニっていうところがあるさ。新川の川原部落の一番高ところがあるさ。向こうを腰なして、それで於茂登山をね、枕にして眠ったという話があるでしょう。こんな話が本当にあるか。とにかくね、この足も赤蜂かそれは分からない。片足は宮良の先にあるっておっしゃるからがよ、人間のこれこっちに背中して向こうにするっていたら、一里あるよ。こっちから、どんなにしてする。だからね、あんなして嘘話があるけど、とにかく、まずおっきい人であったるはず。 |
| 全体の記録時間数 | 8:54 |
| 物語の時間数 | 7:47 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |