フルストバル村跡(共通語)

概要

今はね、フルストバルは、武士の居城として、これがオヤケ赤蜂の居城跡だということを学者連中が言っ
ておるんでね、うちの郷友会あたりが国の補助をとってですね、あそこをいろいろの文化的施設にする計画
をしてるんですよ。だけどね、上間貞俊が生きていた頃ですね、「もしそうであれば、オヤケ赤蜂の向こう
居城跡が少しでもね、残ったはずだ。」と言っていたんです。それが全然残ってないんですよね。
 で、もう一つはですね、このフルストバルというところに、もしオヤケ赤蜂が居城をつくった場合にはで
すね、長田大主(なーた うふずー)は、当時ね、陸ですぐ側だから、いつでも攻められるでしょうね。も
う一つはですね、向こうは一つも、水がないんですよ。その水は、あっちから下におりて行くとですね、そ
こにウニンガーがあってね、ウニンガーは、大浜のほれ旱魃の時に向こうの水を使うんですけどね、あれ一
つしかないんで、もし攻めて来てあれに毒を入れたり、こっちに何かしたらもう、上のフルストバルはね、
もう餓死しますよね。とにかく城だと水がなくなっちゃいけないでしょ。首里城にしろ何にしろみんな水あ
りますよね、こんな所に城作ると水なくちゃ死んじゃう。その大昔、仮に水飲んだとするならば、土を掘っ
てそこに溜めてでもつくりがないんだね。そうすると旱魃にはこれ枯れちゃうし、それから今だって、井戸
掘っても水が出ない。そういうふうな所だからね、そこら辺はね、フルストという部落があって、フルスト
バルには、屋敷跡もあるんですよ。これは、井戸掘っても水が出ないもんだから、部落は向こうにあったけ
ど、フルストバルという部落はあったけどね、水がないから大浜に移ってきて、大浜と一緒になってるとい
うふうな伝説あるんです。

再生時間:4:40

民話詳細DATA

レコード番号 47O150278
CD番号 47O15C016
決定題名 フルストバル村跡(共通語)
話者がつけた題名
話者名 小底致市
話者名かな こそこちいち
生年月日 19110821
性別
出身地 石垣市大浜
記録日 19940823
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市大浜T94A05
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 大浜の民話(平成7年度卒業論文)P33
キーワード
梗概(こうがい) 今はね、フルストバルは、武士の居城として、これがオヤケ赤蜂の居城跡だということを学者連中が言っ ておるんでね、うちの郷友会あたりが国の補助をとってですね、あそこをいろいろの文化的施設にする計画 をしてるんですよ。だけどね、上間貞俊が生きていた頃ですね、「もしそうであれば、オヤケ赤蜂の向こう 居城跡が少しでもね、残ったはずだ。」と言っていたんです。それが全然残ってないんですよね。  で、もう一つはですね、このフルストバルというところに、もしオヤケ赤蜂が居城をつくった場合にはで すね、長田大主(なーた うふずー)は、当時ね、陸ですぐ側だから、いつでも攻められるでしょうね。も う一つはですね、向こうは一つも、水がないんですよ。その水は、あっちから下におりて行くとですね、そ こにウニンガーがあってね、ウニンガーは、大浜のほれ旱魃の時に向こうの水を使うんですけどね、あれ一 つしかないんで、もし攻めて来てあれに毒を入れたり、こっちに何かしたらもう、上のフルストバルはね、 もう餓死しますよね。とにかく城だと水がなくなっちゃいけないでしょ。首里城にしろ何にしろみんな水あ りますよね、こんな所に城作ると水なくちゃ死んじゃう。その大昔、仮に水飲んだとするならば、土を掘っ てそこに溜めてでもつくりがないんだね。そうすると旱魃にはこれ枯れちゃうし、それから今だって、井戸 掘っても水が出ない。そういうふうな所だからね、そこら辺はね、フルストという部落があって、フルスト バルには、屋敷跡もあるんですよ。これは、井戸掘っても水が出ないもんだから、部落は向こうにあったけ ど、フルストバルという部落はあったけどね、水がないから大浜に移ってきて、大浜と一緒になってるとい うふうな伝説あるんです。
全体の記録時間数 4:40
物語の時間数 4:40
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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