オヤケ赤蜂と長田大主(共通語)

概要

長田大主も波照間の生まれです。ほれでちっちゃい時はね、非常に赤蜂と一緒に向こうで遊んだというこ
となんですがね。それで、長田大主の方が早く石垣に出てきて、石垣の四箇をかためてしまった。そしたら
オヤケ赤蜂は後から来てね、もう石垣はあの長田大主が来てるし、伊原間北部には平久保按司がいるし、川
平には仲間満慶がいるし、行く所がないから大浜に来たと。それで、大浜に来た時のね、どこに住処を置い
たかっていうのは、今のね、いろいろ牧野さんも書いているし、いろんな人が書いてあるように、今の竹松
家、あのフリヤーという家(うち)があるんですよ。あそこがね、オヤケ赤蜂の屋敷だから、そこはね、大
浜村では、あそこが地盤が一番高いそうです。仲宗根豊見親の所も宮古で一番あそこが高いそうですね。
 そのうちに、赤蜂は、地域の住民方と一緒に、この圧政に反抗して戦うようになるね。まず八重山では、
この長田大主と戦うことになったから、オヤケ赤蜂も味方を集めるんだね。

再生時間:1:57

民話詳細DATA

レコード番号 47O150271
CD番号 47O15C016
決定題名 オヤケ赤蜂と長田大主(共通語)
話者がつけた題名
話者名 小底致市
話者名かな こそこちいち
生年月日 19110821
性別
出身地 石垣市大浜
記録日 19940823
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市大浜T93B12
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 大浜の民話(平成7年度卒業論文)P12
キーワード オヤケ赤蜂,長田大主
梗概(こうがい) 長田大主も波照間の生まれです。ほれでちっちゃい時はね、非常に赤蜂と一緒に向こうで遊んだというこ となんですがね。それで、長田大主の方が早く石垣に出てきて、石垣の四箇をかためてしまった。そしたら オヤケ赤蜂は後から来てね、もう石垣はあの長田大主が来てるし、伊原間北部には平久保按司がいるし、川 平には仲間満慶がいるし、行く所がないから大浜に来たと。それで、大浜に来た時のね、どこに住処を置い たかっていうのは、今のね、いろいろ牧野さんも書いているし、いろんな人が書いてあるように、今の竹松 家、あのフリヤーという家(うち)があるんですよ。あそこがね、オヤケ赤蜂の屋敷だから、そこはね、大 浜村では、あそこが地盤が一番高いそうです。仲宗根豊見親の所も宮古で一番あそこが高いそうですね。  そのうちに、赤蜂は、地域の住民方と一緒に、この圧政に反抗して戦うようになるね。まず八重山では、 この長田大主と戦うことになったから、オヤケ赤蜂も味方を集めるんだね。
全体の記録時間数 1:57
物語の時間数 1:57
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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