オヤケ赤蜂(共通語)

概要

大浜には東に向かって泣いたら拾ってきなさい、西に向かって泣いたら拾ってくるなという言葉があり、オヤケ赤蜂は東に向かって泣いていた。波照間の人が拾ったが大きくなった赤蜂は島を出て石垣の大浜へやってきた。昔は人頭税というものがあったので赤蜂は農民たちと一緒に立ち上がった。川平の仲間満慶や平久保按司が殺されて逃げ出した長田大主は沖縄の首里王に助けにくるよう頼んだ。首里王は宮古の豊見親を連れて何百の兵隊をよこした。赤蜂は頭が良いので甕に蓑笠被して、案山子を作り石垣の海岸に置いた。沖縄の兵隊をそれを見てなかなか上陸できないでいたが、崎原からまわって上陸した。赤蜂は大浜の底原に逃げた。茅寝という茅が敷いてあるところ、スニタバル。あそこの底原にシーニーと言う木がある。その大きな木に登って晩御飯食べていた。沖縄の兵隊が弓を構えて赤蜂を打つけど、赤蜂はくるみの箸で矢を挟んで捨てという話がある。それから、赤蜂は木から降りて大浜のスニタバルという田んぼに隠れた。そこで眠っているときに殺された。赤蜂が死んだ後は妻の古乙姥も殺された。長田大主は、古乙姥を真乙姥御嶽のお宮の側に石で積んで埋めた。そして人に踏みつけさせた。今は赤蜂と古乙姥の二人は、一緒にせんといかんということで赤蜂の碑の側に連れてきて置いてある。

再生時間:16:30

民話詳細DATA

レコード番号 47O150495
CD番号 47O15C029
決定題名 オヤケ赤蜂(共通語)
話者がつけた題名
話者名 次呂久正雄
話者名かな じろくまさお
生年月日 19160405
性別
出身地 沖縄県石垣市大浜
記録日 19950320
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市大浜 T108 A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 大浜の民話 P18
キーワード 大浜,東,西,オヤケ赤蜂,波照間,石垣,人頭税,農民,川平,仲間満慶,平久保按司,長田大主,沖縄,首里王,宮古,豊見親,甕,蓑笠,案山子,底原,茅寝,スニタバル。,シーニー,弓,くるみの箸,矢,田んぼ,古乙姥,真乙姥御嶽
梗概(こうがい) 大浜には東に向かって泣いたら拾ってきなさい、西に向かって泣いたら拾ってくるなという言葉があり、オヤケ赤蜂は東に向かって泣いていた。波照間の人が拾ったが大きくなった赤蜂は島を出て石垣の大浜へやってきた。昔は人頭税というものがあったので赤蜂は農民たちと一緒に立ち上がった。川平の仲間満慶や平久保按司が殺されて逃げ出した長田大主は沖縄の首里王に助けにくるよう頼んだ。首里王は宮古の豊見親を連れて何百の兵隊をよこした。赤蜂は頭が良いので甕に蓑笠被して、案山子を作り石垣の海岸に置いた。沖縄の兵隊をそれを見てなかなか上陸できないでいたが、崎原からまわって上陸した。赤蜂は大浜の底原に逃げた。茅寝という茅が敷いてあるところ、スニタバル。あそこの底原にシーニーと言う木がある。その大きな木に登って晩御飯食べていた。沖縄の兵隊が弓を構えて赤蜂を打つけど、赤蜂はくるみの箸で矢を挟んで捨てという話がある。それから、赤蜂は木から降りて大浜のスニタバルという田んぼに隠れた。そこで眠っているときに殺された。赤蜂が死んだ後は妻の古乙姥も殺された。長田大主は、古乙姥を真乙姥御嶽のお宮の側に石で積んで埋めた。そして人に踏みつけさせた。今は赤蜂と古乙姥の二人は、一緒にせんといかんということで赤蜂の碑の側に連れてきて置いてある。
全体の記録時間数 17:26
物語の時間数 16:30
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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