錦芳氏。ええ、大泊義佐。いや、この方は私のおじさんでね。ええ、あって、ま、錦芳氏と言うのはね、私ら錦芳氏なんです。八重山にはね、錦芳氏、ナアタ氏、氏が十くらいあるんです、長田氏、錦芳氏、何氏、何氏、あるんですよね。これは調べてください。私ら錦芳氏なんですよね。ええ、錦芳しなったのは、波照間から。これも関係するわけね。波照間から私ら大泊義佐と言う方が、義佐と言う方と、ウムターと言う方が、兄弟二人、兄弟二人おって、義佐と言う方は、義佐と言う方は兄さん、ウムターと言う方は妹。兄弟二人ここに、明和の津波で分村されてきた。それで、ええ、もう、分村してきて、そして、兄さんは、義佐と言う方は、ええ、妻がいない独り者であったわけですね。独り者。これはここに書いてありますね。独り者で、妻もいない、子供もいないので、妹、妹のウムターは、非情に顔がきれかったらしい。顔が綺麗だった妹で、昔は、賄いと言ってありましたが、賄い。偉い人の所に行って、女中さん、女中奉公みたいなのに行って、ええ、行って、これ、大泊ウムターであったわけですよね。そうすると、向こうの錦芳氏の家は、大浜と言うところの賄いに行ったわけ。錦芳氏の用が付くんですね、用。行って、賄いに行って、偉い役人さんの妾になったわけです。妾。妾になったわけですね。妾になって、ここに子供ができたわけ、子供ができたために、私父方ですから、大浜なんですが、しかし、妾ですから、大泊。波照間から来た大泊、そういう関係で、あくまで、ケダエ、慶田城八重山に、西表に墓がありますよね。この人の氏子だと、大浜は。まあ、妾にした、偉い人は、錦芳氏であった。こういう意味合いから、私らも錦芳氏に所属しなければいけないわけ。やがて、四月には、また、全部錦芳氏が集まって、清明祭(しーみーさい)、清明祭。会長もおりますよね。会長もおって、すれ違ったんです。そのときは。〔聞き取り不能〕全部錦芳氏集まって、そして、ご馳走こしらえてって、いろんな行事があるわけなんですよ、こちらでは。それで、錦芳氏になって、大泊義佐という方は、百歳まで長寿はしたけれども、子供がいない。妻がいないために子供がいないと、言うことになって、ええ、私ら祖先は、やっぱし、大浜、の親族ですから、錦芳氏になったんです。はいそうですね。だから、白保で、ピャーググヤ。爺さんの〔聞き取り不能〕、百歳の爺さんと言うことで、ピャーグぐヤと名付けられたんです。おお、ピャーググヤと言ってね、百歳のお爺さんと、名付けられたそうですよ。
| レコード番号 | 47O330283 |
|---|---|
| CD番号 | 47O33C022 |
| 決定題名 | 大泊家と錦芳氏(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 大泊信建 |
| 話者名かな | おおどまりしんけん |
| 生年月日 | 19220108 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 白保 |
| 記録日 | 19970309 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | T129 白保 B-02 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 大泊義佐,ウムタ,錦芳氏 |
| 梗概(こうがい) | 錦芳氏。ええ、大泊義佐。いや、この方は私のおじさんでね。ええ、あって、ま、錦芳氏と言うのはね、私ら錦芳氏なんです。八重山にはね、錦芳氏、ナアタ氏、氏が十くらいあるんです、長田氏、錦芳氏、何氏、何氏、あるんですよね。これは調べてください。私ら錦芳氏なんですよね。ええ、錦芳しなったのは、波照間から。これも関係するわけね。波照間から私ら大泊義佐と言う方が、義佐と言う方と、ウムターと言う方が、兄弟二人、兄弟二人おって、義佐と言う方は、義佐と言う方は兄さん、ウムターと言う方は妹。兄弟二人ここに、明和の津波で分村されてきた。それで、ええ、もう、分村してきて、そして、兄さんは、義佐と言う方は、ええ、妻がいない独り者であったわけですね。独り者。これはここに書いてありますね。独り者で、妻もいない、子供もいないので、妹、妹のウムターは、非情に顔がきれかったらしい。顔が綺麗だった妹で、昔は、賄いと言ってありましたが、賄い。偉い人の所に行って、女中さん、女中奉公みたいなのに行って、ええ、行って、これ、大泊ウムターであったわけですよね。そうすると、向こうの錦芳氏の家は、大浜と言うところの賄いに行ったわけ。錦芳氏の用が付くんですね、用。行って、賄いに行って、偉い役人さんの妾になったわけです。妾。妾になったわけですね。妾になって、ここに子供ができたわけ、子供ができたために、私父方ですから、大浜なんですが、しかし、妾ですから、大泊。波照間から来た大泊、そういう関係で、あくまで、ケダエ、慶田城八重山に、西表に墓がありますよね。この人の氏子だと、大浜は。まあ、妾にした、偉い人は、錦芳氏であった。こういう意味合いから、私らも錦芳氏に所属しなければいけないわけ。やがて、四月には、また、全部錦芳氏が集まって、清明祭(しーみーさい)、清明祭。会長もおりますよね。会長もおって、すれ違ったんです。そのときは。〔聞き取り不能〕全部錦芳氏集まって、そして、ご馳走こしらえてって、いろんな行事があるわけなんですよ、こちらでは。それで、錦芳氏になって、大泊義佐という方は、百歳まで長寿はしたけれども、子供がいない。妻がいないために子供がいないと、言うことになって、ええ、私ら祖先は、やっぱし、大浜、の親族ですから、錦芳氏になったんです。はいそうですね。だから、白保で、ピャーググヤ。爺さんの〔聞き取り不能〕、百歳の爺さんと言うことで、ピャーグぐヤと名付けられたんです。おお、ピャーググヤと言ってね、百歳のお爺さんと、名付けられたそうですよ。 |
| 全体の記録時間数 | 5:37 |
| 物語の時間数 | 5:18 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |