明和の大津波の後、波照間からは津波の被災地に分村された。これは、フンバキ、ナンバギと言って道切り(道を境にすること)で、石垣島の白保、大浜、西表の崎山などへの移住が行われた。白保の移住地には、今は牧場になっているが、石垣の跡や鍛冶屋のあとなどもあった。話者の先祖は波照間の北部落にある大泊の本家から来たと言う。その頃、下には真謝村があったので、波照間からの移住者は村の上の方に住んだ。白保を歌った歌に、ゆうな森から白保を見て歌った歌があり、それには「ゆうな森に登って、うちくだし見りば、稲、粟の実り、ミルク世果報」とあるから、稲や粟を作っていたと思われる。
| レコード番号 | 47O330126 |
|---|---|
| CD番号 | 47O33C009 |
| 決定題名 | 波照間からの白保移住(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 大泊信健 |
| 話者名かな | おおどまりしんけん |
| 生年月日 | 19220108 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 白保 |
| 記録日 | 19960912 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | T120 白保 A-03 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説、 世間話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 明和の大津波,波照間,白保移住 |
| 梗概(こうがい) | 明和の大津波の後、波照間からは津波の被災地に分村された。これは、フンバキ、ナンバギと言って道切り(道を境にすること)で、石垣島の白保、大浜、西表の崎山などへの移住が行われた。白保の移住地には、今は牧場になっているが、石垣の跡や鍛冶屋のあとなどもあった。話者の先祖は波照間の北部落にある大泊の本家から来たと言う。その頃、下には真謝村があったので、波照間からの移住者は村の上の方に住んだ。白保を歌った歌に、ゆうな森から白保を見て歌った歌があり、それには「ゆうな森に登って、うちくだし見りば、稲、粟の実り、ミルク世果報」とあるから、稲や粟を作っていたと思われる。 |
| 全体の記録時間数 | 8:34 |
| 物語の時間数 | 8:24 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |