多田遠那里と玉穀由来(共通語)

概要

多田遠那理が首里から戻る船に乗っているとき、船が難破して安南の島(ベトナム)に流れついた。多田遠那理は安南で五穀の種をみつけて石垣に帰った。その時に、風が吹いて美崎に船をつけることができず、平得の浜から上陸した。そこを多田浜と名づけた。種取祭のときには多田浜から大阿母御嶽まで行列する。これは平得独特の祭りであり、昔は11月に種取り祭が行なわれたが、今では過疎や米の新種の影響で、若者が村に帰る1月15日に行なわれるようになった。

再生時間:3:53

民話詳細DATA

レコード番号 47O341270
CD番号 47O34C098
決定題名 多田遠那里と玉穀由来(共通語)
話者がつけた題名
話者名 白金光邦
話者名かな しろがねみつくに
生年月日 19180613
性別
出身地 沖縄県石垣市字平得
記録日 19980314
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市平得 T77 A05
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説、 民俗
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 多田遠那理,首里,船,難破,安南,ベトナム,五穀の種,石垣,美崎,平得,多田浜,種取祭,大阿母御嶽,行列,祭り,1月15日
梗概(こうがい) 多田遠那理が首里から戻る船に乗っているとき、船が難破して安南の島(ベトナム)に流れついた。多田遠那理は安南で五穀の種をみつけて石垣に帰った。その時に、風が吹いて美崎に船をつけることができず、平得の浜から上陸した。そこを多田浜と名づけた。種取祭のときには多田浜から大阿母御嶽まで行列する。これは平得独特の祭りであり、昔は11月に種取り祭が行なわれたが、今では過疎や米の新種の影響で、若者が村に帰る1月15日に行なわれるようになった。
全体の記録時間数 4:02
物語の時間数 3:53
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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